クラシック界に吹く「新しい風」
指揮者、ピアニスト、オルガニスト、作曲家。鈴木優人さんの「仕事」をひとつの言葉で表すことは不可能だ。八面六臂という言葉がふさわしい彼の活躍は、「日本の音楽界に新しい風が吹いている」ことを強く印象づける。1981年、オランダ、デン・ハーグ生まれ。父はバッハ・コレギウム・ジャパン(以下BCJ)の音楽監督をつとめる鈴木雅明氏。麻布中学校・高等学校を経て東京藝術大学作曲科に進んだサラブレッド、なのだが、自身は「音楽が無関係な人生なるという想像はしていなかったが、かといって明確に“音楽家になる”と宣言していたわけでもない」という。
「麻布時代は管弦楽部・音楽部・テニス部の3つのクラブをかけもちしていました。もっともテニス部はすぐに止めてしまいましたが(笑)。中学3年、15歳の時に初めて演奏会の企画をしたんです。自分でメンバーを集めてオケを組織して、府中の森グリーンホールを借りて。指揮は下野竜也さんにお願いしました。この頃、指揮の勉強も始めています。とにかく音楽が楽しくて仕方がなかった時期です。」
藝大でも、バッハ・カンタータクラブに所属したり、実に「色々楽しく」やっていたという。在学中からBCJの鍵盤奏者として演奏活動を開始。卒業時には、バッハの「ゴルトベルク変奏曲」と自作を組み合わせた「鈴木優人展」と題する演奏会で作曲家デビュー。その後オランダに留学して古楽やチェンバロ演奏も学ぶ。
“安定しないことで安定する”音楽家
「専業化反対、ってよく言っているんですが(笑)、どれかひとつに決めたくないんです。世の中には、ジェネラルに色々な仕事をこなしている人がいますが、それはとても美しいと思う。逆に、大きな会社に入ると仕事がどんどん細分化されていって、隣の人が何をしているのかもわからなかったり。そういう状態は生きている感じが減ってくるという気がします。」
色々なことを「やってやろう」ではなく、「やってみたい」という鈴木さん。そういう音楽家としてのあり方は、バロック時代の音楽家に通じるのだと語る。
「専業の職業音楽家というのは、19世紀に入って産業革命後に生まれたものです。それ以前、バロック時代には色々な楽器を演奏する人がいっぱいいた。もちろん、プロとしてひとつのことに邁進する良さ、というのはあります。でも、ずっと同じことを続けていくと、それが最適かどうかを判断することをやめてしまう状態になってしまって、それは音楽家としてはすごく危ない。むしろ、自分の音楽がそれでいいのかどうか、常に問い続けていたい。“安定しないことで安定する”という状態を目指しています。」
指揮者の鈴木優人、オルガニストの鈴木優人、作曲家の鈴木優人、色々な異なった「鈴木優人」がいる、ということか。とはいえ、そのすべてが一定以上の水準どころか素晴らしい成果を上げているのが鈴木優人という音楽家の稀有なところなのだが、その切り替えはどうなっているのか興味がある。
「その都度OSをインストールし直す、という感じです。例えば指揮者と伴奏者では、人に対する接し方から根本的に変える必要があります。というか、要求されるものが違う。だから『鈴木優人』というハードはひとつですが、OSは全部違うんです。」
「調布国際音楽祭」人が集まってつくり上げる喜び
そんな鈴木優人さんがエグゼクティブ・プロデューサーを務める調布国際音楽祭が、今年も6月24日からスタートする。2013年、「調布から音楽を発信する」音楽祭としてスタート。年々規模を拡大し、2017年には「調布国際音楽祭」と名前を改めて新たなスタートを切った。テーマは「バッハの演奏」「アートとの連携」「次世代への継承」の三本柱。入場無料のオープニングセレモニーを皮切りに、7つのメイン公演、市民音楽家によるステージや桐朋学園大学の学生たちによるミュージックカフェなどの無料公演、またキッズコンサートもあり、たいへんバラエティに富んだ内容だ。
「調布の街から音楽の楽しみが波のように広がっていってほしい、という気持ちでスタートしました。だから、この音楽祭は何よりも『調布らしさ』を大切にしています。例えば集客とかチケットの売り上げを優先すると、いつも同じようなプログラムが並ぶことになってしまう。そうではなくて、ここでしか聴けないものを優先して取り上げたい。今年でいえば、レイチェル・ポッジャーのヴァイオリン・リサイタルとか、深大寺で行われる寺神戸亮トリオなどがまさにそうしたプログラムです。」
お話を伺いながら、鈴木さんの口からしばしば「たくさんの人と何かを作るのが好き」という言葉が発せられるのが印象的だった。調布音楽祭という「お祭り」が6年も続いているのも、彼のそんなキャラクターのなせるわざなのだろう。
「そういう、“色々な才能がひとつになる瞬間”というのがとても好きなんですね。だから、指揮という仕事が大好きです。個々の目標を総体として作り上げる作業ですから。そのひとつになった瞬間っていうのは、ちょうどサーファーが大きな波をとらえた瞬間みたいなもので、その瞬間のために指揮者や音楽祭をやっているといってもいいかもしれません。」
鈴木優人のアヴァンギャルドさ
最初に述べたように、鈴木優人という人は、確実に日本のクラシック界に吹いている「新しい風」だと思うのだが、ご本人としては「人がやっていないことをやりたいとは思っていない」という。確かに、BCJしかり、昨年読響と行った三大交響曲の演奏会しかり、彼が繰り広げる音楽の内容そのものは決して奇をてらったものではなく、むしろ非常にオーセンティックでさえある。なのになぜ、鈴木優人という存在からは「人とは違う」「新しい」という印象を受けるのだろう。
「実は僕、ダダイズムがとても好きなんです。クルト・シュヴィッタースの詩『アンア・ブルーメに』なんて、もうアンナって誰なんだって感じで大好き(笑)。でも、人間の精神ってダダ的なところがあるでしょう。例えば、すごく乙女な気分の日もあれば、いきなり何かを破壊したくなる日もある。もちろん、実際に壊しはしないですけれど、何かしら波は絶対にある。僕は、そういうものを受け入れる音楽を提供したいと思っているんです。」
人間の精神の不可解さ。あるいは不条理。だが機械のように精確ではないからこそ、人間は面白いし、愛しい。鈴木優人は間違いなく、そうした人間の不可解さを面白がっている。あるいは愛してさえいるのかもしれない。彼の音楽から生まれてくるアヴァンギャルドさの秘密をみた、気がした。
鈴木優人(すずき まさと) Masato Suzuki
1981年オランダ生まれ。東京藝術大学作曲科及び同大学院古楽科修了。ハーグ王立音楽院修士課程オルガン科を首席で、同音楽院即興演奏科を栄誉賞付きで日本人として初めて修了。アムステルダム音楽院チェンバロ科にも学ぶ。
第18回ホテルオークラ音楽賞受賞。
鍵盤奏者(チェンバロ、オルガン、ピアノ)として国内外の公演に多数出演。
指揮者としてはこれまでバッハ・コレギウム・ジャパン(BCJ)、アンサンブル金沢、九州交響楽団、仙台フィルハーモニー管弦楽団、東京交響楽団、東京フィルハーモニー交響楽団、広島交響楽団、横浜シンフォニエッタ、読売日本交響楽団等と共演。
音楽監督を務めるアンサンブル・ジェネシスでは、オリジナル楽器でバロックから現代音楽まで意欲的なプログラムを展開する。
【鈴木優人さん 出演情報】
◆調布国際音楽祭2018◆
ジョアン・ラン ソプラノ・リサイタル | 調布国際音楽祭2018
日時:2018年6月29日(金) 19:00開演
会場:調布文化会館たづくり
ヴェルサイユの光と影 フランス音楽の今昔 Time Travel Versaille
日時:2018年6月30日(土) 14:00開演
会場:調布文化会館たづくり
日時:2018年6月30日(土) 18:00開演
会場:調布文化会館たづくり
バッハ・コレギウム・ジャパン モーツァルト:劇場支配人 | 調布国際音楽祭2018
日時:2018年7月1日(日) 17:00開演
会場:調布グリーンホール
日時:2018年6月18日(金) 19:00開演
会場:アクロス福岡シンフォニーホール
日時:2018年7月15日(日)14:00開演
会場:アクロス福岡シンフォニーホール
◇神奈川フィルハーモニー管弦楽団みなとみらい小ホール特別シリーズ第1回
日時:2018年7月19日(木) 19:00開演
会場:横浜みなとみらいホール
◇神奈川フィルハーモニー管弦楽団みなとみらい小ホール特別シリーズ第2回
日時:2018年7月20日(金) 19:00開演
会場:横浜みなとみらいホール
神奈川フィルハーモニー管弦楽団みなとみらい小ホール特別シリーズ第2回
◇珠玉のリサイタル&室内楽 鈴木優人&バッハ・コレギウム・ジャパン バッハ:チェンバロ協奏曲全曲録音プロジェクトVol.1
日時:2018年7月28日(土)15:00開演
会場:ヤマハホール
◇第39回霧島国際音楽祭2018 鈴木優人チェンバロ・リサイタル
日時:2018年7月29日(日)11:00開演
会場:みやまコンセール
◇バッハ・コレギウム・ジャパン J.S.バッハ生誕333周年記念特別演奏会
日時:2018年8月2日(木)19:00開演
会場:東京オペラシティコンサートホール
日時:2018年8月18日(土) 14:00開演
会場:サントリーホール
日時:2018年9月14日(金) 19:00開演/9月15日(土) 15:00開演
会場:日立システムズホール仙台・コンサートホール
◇バッハ・コレギウム・ジャパン 第129回定期演奏会 モーツァルト:レクイエム
日時:2018年9月24日(月・祝)15:00 開演
会場:東京オペラシティコンサートホール
日時:2018年11月24日(土) 18:00開演/11月25日(日) 15:00開演
会場:NHKホール
日時:2019年2月12日(火) 19:00開演
会場:アクロス福岡シンフォニーホール
日時:2019年2月6日(水) 開演時間未定
会場:第一楽器コンサートホールムーシケ