音楽家の素顔(ポートレイト)

音楽ライター室田尚子と写真家伊藤竜太が、毎回1組の日本人クラシック・アーティストにインタビュー。写真と文章で、その素顔に迫ります。

第6回 天才ピアニストは愛の夢を見たか 反田恭平(ピアノ)

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  圧倒的なテクニック、惜しみなく溢れだす熱、そして煌めき変化する音色。この23歳のピアニストが、なぜ、人々を惹きつけてやまないのかは彼のピアノを聴けばわかる。だが、かつていた、そして今現在も居並ぶ数多の天才ピアニストたちと反田恭平との間には、何か「違い」がある気がしてならない。それは何なのか。「新しい時代の寵児」といって片づけてしまえない、何かしら音楽家にとって本質的な部分に関わるもの。それを知りたくて、2度目の全国ツアー直前の反田恭平さんにインタビューを申し込んだ。

 

 天才少年が音楽に目覚めたとき

 「今年のワールドカップに出たかったんですよね。」

 1994年生まれのサッカー少年は、23歳の夏のワールドカップに出場する夢をみていた。だがその夢は、11歳、試合中に怪我をした時についえる。手首の骨が折れる音、その後の信じられないほどの痛みに「この仕事は無理だ」と思った。そして「痛くない仕事」を考えた結果、4歳の頃から「遊びで」弾いていたピアノを選ぶ。

 「その時までピアノは趣味でした。ただ音が出るのが面白かっただけで、コンクールに出ても『奨励賞』止まり。何人か審査員の先生に声をかけていただいたこともあるんですが、何しろその頃は音楽の世界のことも知らなかったので、母も自分もサッカーがあるからと断ったりしていました。」

 プロの審査員が声をかけたのは、少なくともただの「ピアノのうまい子」以上のものを見出したからに違いない。実際、サッカーに没頭しながらも「小4か小5の時には『幻想即興曲』を、小5ではショパンエチュードを弾いていました」というのだから、やっぱり「天才少年」ではあったのだ。しかしそのままでは、これまで綺羅星のごとく現れては消えていった「凡庸な天才少年」で終わっていたのかもしれない。

 

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  サッカー選手という夢を諦め、ピアノに「転向」した11歳の反田少年は、ひとまず「家から一番近かった」桐朋学園大学附属子供のための音楽教室に通い始める。そこで、1枚のチラシが目に飛び込んできた。

 「指揮者の曽我大介先生による夏の指揮者体験のワークショップのチラシだったんです。面白そうだな、と思って参加しました。最終日に受講生がオーケストラを指揮するという企画があって、モーツァルトアイネ・クライネ・ナハトムジーク』、ブラームスハンガリー狂詩曲』、チャイコフスキー白鳥の湖』の中から選べたので僕はチャイコフスキーを選んで、いざ本番で指揮棒を振り上げた瞬間に金管楽器がワッと鳴って、それで世界が変わりました。」

 誰にでも訪れる「世界が一変する」瞬間を体験した反田さん。指揮者になりたいと考えた彼は、曽我大介氏にどうしたらなれるか、とたずねる。ピアノを弾いていると聞いた曽我氏は「それなら、まずはピアノをある程度極めて、それから指揮者になったらどうかな」と答えた。

 「それで今に至ります。」

 

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「ピアニスト」とは名乗りたくない

 「だから、現在ピアニストとして活動できているのはありがたいですが、僕はここにとどまるつもりはないということはお伝えしておきたい。」

 はっきりと言い切った反田さんの顔を改めて見つめる。視線や声の響きに応じて変わる表情は、とてつもなく理知的な印象だ。音楽の森の中を夢を抱いて彷徨う若者、というよりも、地図と磁石を片手に緻密な計算を重ねながら進む冒険者、というような。

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  桐朋女子高等学校在学中の2010年に日本音楽コンクール優勝。その後ミハイル・ヴォスクレセンスキー氏の推薦により2013年ロシアに留学。2016年にはサントリーホールでデビュー・リサイタルを開催、チケットはソールドアウトし追加公演も含め3000人を超える動員を記録する。2017年には初の全国ツアー、全13公演はすべて完売。「題名のない音楽会」や「情熱大陸」でも取り上げられる、いま、もっとも旬のピアニスト。それが「反田恭平のプロフィール」なのだが。

 「ピアノを弾いているだけなのに、音楽を知っていますというような顔をしたくないんです。ピアノを弾いて、かつ室内楽も知り管弦楽もオペラも全部勉強して、その上でピアニストと呼ばれたい。それならばそう呼ばれることに価値があると思うんです。」

 11歳でショパンエチュードを弾いていた天才少年は、指揮者を目指して音楽の扉を開き、二十歳を超えて押しも押されもせぬ「ピアニスト」になった。だが、その瞳はどこかもっと遠くを見据えているようだ。彼が、最終的にたどり着くべき場所はいったいどこにあるのか。

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楽家であること、人として生きること

 「よく人は、人生にはそこここに選択肢があるといいますが、僕はそうは思わない。もちろん、何か問題にぶつかった時に気持ちが交錯して答えが出にくくなることはあると思う。でも、最後には必ず決断する。一つを選ぶ。最終的にどれか選ぶということが人生、という価値観です。例えば、もし明日事故にあってピアノが弾けなくなったとしたら、僕は、自分の人生はそういうものだと思うということです。」

 高校時代、作曲の先生が「その日最後に出した音に後悔がなければいい」と語ったそうだ。「悔いなく練習して悔いなく生きる、ということが、今でも指針になっているのかもしれない」という反田さん。だから向き合う。考える。そして決断する。選び取った人生は、幸せだろうか。

 「音楽家がいちばん幸せなのは、好きな人に、好きな曲を、好きなタイミングで弾く時だと思います。今はコンサート・ピアニストとして人の前で弾く仕事ですが、ずっと先では、僕の音楽を聴きたいと思うたったひとりの人のために弾く人生があればいいなと思っています。」

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  燕尾服を着てステージに上がり、スポットライトを浴びる。美しい音楽を奏でて大勢の人を虜にする。誰もができることではない。選ばれた、一握りの才能ある人にだけ与えられた特権である。その特権を十分に意識しながらも、反田さんが立っているのは、誰のものでもない自分だけの「人生」だ。彼のピアノからきこえてくる「音楽家にとって本質的な部分に関わるもの」とは、反田恭平という「人」が生きている「時間」の大切さ、なのかもしれない。だからこそ人は、彼のピアノを聴きたいと願う。その「時間」を共有することで、聴き手もまた、自分自身の人生の「時間」を感じることができるから。

 

 「僕は、一人でも聴きたいと思ってくれる人がいるならピアノを弾き続けますよ。それが僕の活動の源です。」

 

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反田恭平(そりた きょうへい) Kyohei Sorita

1994年生まれ。2012年 高校在学中に、第81回日本音楽コンクール第1位入賞。併せて聴衆賞を受賞。2013M.ヴォスクレセンスキー氏の推薦によりロシアへ留学。2014チャイコフスキー記念国立モスクワ音楽院に首席で入学。

2015年イタリアで行われている「チッタ・ディ・カントゥ国際ピアノ協奏曲コンクール」古典派部門で優勝。年末には「ロシア国際音楽祭」にてコンチェルト及びリサイタルにてマリインスキー劇場デビューを果たす。

2016年のデビュー・リサイタルは、サントリーホール2000席が完売し、圧倒的な演奏で観客を惹きつけた。また8月の3夜連続コンサートをすべて違うプログラムで行い、各日のコンサートの前半部分をライヴ録音し、その日のうちに持ち帰るというCD付プログラムも話題になる。3日間の追加公演も行い、新人ながら3,000人を超える動員を実現する。

20174月には佐渡裕指揮、東京シティフィル特別演奏会の全国12公演のソリストを務め全公演完売の中、各地でセンセーションを巻き起こす。6月にはNHK交響楽団との現代曲への挑戦し、初の全国リサイタル・ツアー13公演は全公演完売のうちに終了した。

デビューから2年、コンサートのみならず「題名のない音楽会」「情熱大陸」等メディアでも多数取り上げられるなど、今、もっとも勢いのあるピアニストとして注目されている。

現在、ショパン音楽大学(旧ワルシャワ音楽院)にてピオトル・パレチニに師事。また、桐朋学園大学院大学にて修士号取得の準備をしている。

 

【反田恭平さん 出演情報】

 

◆反田恭平ピアノ・リサイタル全国ツアー2018-19

7/21(土)14:00     仙台 仙台・電力ホール 完売!

主催:仙台放送/イープラス/日本コロムビア

 

7/22(日)14:00     福井 ハーモニーホールふくい 小ホール 完売!

主催:福井放送/イープラス/日本コロムビア

 

7/27(金)19:00     岩手 北上さくらホール 大ホール 

主催:岩手朝日テレビサンライズプロモーション東京

共催:一般財団法人北上市文化創造

 

7/28(土) 14:00     青森 リンクモア平安閣市民ホール 完売!

主催:リンクステーションホール青森/イープラス/日本コロムビア

 

7/29(日)14:00     筑波 つくばノバ 完売!

主催:(公財)つくば文化振興財団/イープラス/日本コロムビア

 

8/4(土) 15:00     長崎 アルカスSASEBO 中ホール 完売!

主催:アルカスSASEBO/イープラス/日本コロムビア

 

8/5 (日) 14:00     山口 秋吉台国際芸術村 完売!

主催:公益財団法人山口きらめき財団 秋吉台国際芸術村/イープラス/日本コロムビア

 

8/10(金)19:00     静岡 アクトシティ浜松 中ホール  完売!

主催:静岡朝日テレビサンライズプロモーション東京

後援:(公財)浜松市文化振興財団/中日新聞東海本社

 

8/11(土)15:00     秋田 秋田・アトリオン音楽ホール 完売!

主催:秋田朝日放送事業部/ープラス/日本コロムビア

 

8/18(土)14:00     山形   山形テルサ

主催:さくらんぼテレビ仙台放送/イープラス/日本コロムビア

 

8/19(日)14:00     長野 長野市芸術館 完売!

主催:テレビ信州/イープラス/日本コロムビア

 

8/25(土)14:00     島根 松江市総合文化センター プラバホール

主催:松江市総合文化センター プラバホール/イープラス/日本コロムビア

 

8/26(日)15:00     広島 三原市芸術文化センターポポロホール 完売!

主催:広島ホームテレビ/イープラス/日本コロムビア

 

8/30(木)19:00     高知 高知県立県民文化ホールグリーンホール 完売!

主催:高知県立県民文化ホール/RKC高知放送サンライズプロモーション東京

 

9/1(土) 熊本 市民会館シアーズホーム夢ホール(熊本市民会館)

主催:熊本朝日放送/イープラス/日本コロムビア

 

9/2(日)14:00     宮崎 宮崎県立劇場(メディキット県民文化センター) 完売!

主催:テレビ宮崎/イープラス/日本コロムビア

 

9/8(土)14:00     新潟  長岡市立劇場 大ホール

主催:(公財)長岡市芸術文化振興財団/N S T/サンライズプロモーション東京

 

9/9(日)13:00     東京 サントリーホール大ホール 完売!

主催:日本コロムビア/イープラス/サンライズプロモーション東京

 

9/15(土)18:30     沖縄 浦添市てだこホール

主催:浦添市てだこホール沖縄テレビ/イープラス/日本コロムビア

 

 

◇サマーミューザKAWASAKI2018 日本フィルハーモニー交響楽団 音の風景~北欧・ロシア巡り

日時:2018年8月9日(木)19:00開演   完売!

会場:ミューザ川崎シンフォニーホール

 

◇軽井沢大賀ホールCLASSICS 2018 反田恭平ピアノ・リサイタル

日時:2018年8月13日(月)17:00開演

会場:軽井沢大賀ホール

「偉大なるピアニストへの思い出~中村紘子メモリアル~」

曲目       ベートーヴェン:創作主題による32の変奏曲 WoO.80

ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第23番 ヘ短調 Op.57「熱情」

ショパンノクターンOp.9より 第1番、第2番、第3番

ショパン:ピアノ・ソナタ第3番 ロ短調 Op.58

 

◇読響サマーフェスティバル2018《三大協奏曲》

日時:2018年8月21日(火)18:30開演

会場:東京芸術劇場

指揮=大井 剛史

ヴァイオリン=岡本 誠司

チェロ=ラウラ・ファン・デル・ヘイデン

ピアノ=反田 恭平

メンデルスゾーン:ヴァイオリン協奏曲 ホ短調 作品64

ドヴォルザーク:チェロ協奏曲 ロ短調 作品104

チャイコフスキー:ピアノ協奏曲第1番 変ロ短調 作品23

 

◇イープラス presents STAND UP! CLASSIC FESTIVAL 2018

日時:2018年9月23日(日)

会場:横浜赤レンガ倉庫特設会場 ※雨天決行