音楽家の素顔(ポートレイト)

音楽ライター室田尚子と写真家伊藤竜太が、毎回1組の日本人クラシック・アーティストにインタビュー。写真と文章で、その素顔に迫ります。

第4回 たぐいまれな光で周囲を照らし続ける星(スター) 宮本益光(バリトン)

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 以前、東京二期会オペラ劇場『こうもり』で共演した青木エマさんが、宮本益光さんのことを「いつも面白いことを探していて、その面白いことにみんなを巻き込んでいく」と語っていた。まさに、宮本益光という「人」を的確に表した言葉だと思う。もちろん、宮本さんは「歌手」である。と同時に、彼の活動範囲はただ「歌うこと」にとどまらない。オペラの訳詞上演、コンサートの企画・構成・演出、作詞、詩や文章の執筆…。まさに「これをやろう」と決めたことを次々に実現させていく力を持っている。そんな宮本益光さんが今回、モーツァルトのオペラを上演する団体「MOZART SINGERS JAPAN」(以下、MSJ)を立ち上げた。宮本益光の新しい「面白いこと」が始まった。

 

精神的な歌劇場をつくる

 「きっかけは“焦り”です(笑) 僕は今年46歳になるんですが、去年ぐらいに“あと15年したら還暦じゃないか!”と考えたら急に怖くなってしまって…。10年前に二期会に『ドン・ジョヴァンニ』でデビューして、さてじゃあ10年後にはどれだけ歌っていられるんだろう、と考えた時に、自分に今できることをやらなければ、という思いに駆られました。僕らは『職業はオペラ歌手』と言っていますが、本場ヨーロッパのオペラ歌手たちに比べたら圧倒的に歌える場が少ない。“じゃあ、作っちゃえ!”と思ったんですね。歌劇場はないけれど、精神的な歌劇場を作ろう、と。」

 宮本さんのそんな「思い」を共有する仲間がいた。それがMSJに結集した3人の歌手と3人のピアニストたちだ。

 「たまたま、この7人は二期会オペラ研修所で先生をやっていて、僕が今言ったようなことを話したら、みんな同じ思いでいた。僕と鵜木絵里さん、針生美智子さん、望月哲也さんの4人の歌手は、全員モーツァルトをレパートリーの中心においている。そこで、モーツァルト作品を上演する団体としてMSJをつくることになりました。」

 MSJは、今後1年に1作ずつ、モーツァルトの「ダ・ポンテ三部作」と『魔笛』を、ピアノ伴奏でレコーディングすることが発表されている。実は、オペラ全曲を日本人キャストだけで演奏している録音はほとんどない。また、ピアノ伴奏、というところにも宮本さんのこだわりがうかがえる。

 「オペラでは、まずはコレペティトゥーアと呼ばれるピアニストがついて練習が行われます。このコレペティトゥーアはとても専門的な仕事で、誰にでもできるわけではありません。オペラの内容に精通していて、またその場面に応じて編曲する能力も求められる。お客様にはほとんど知られていないコレペティトゥーアという存在を広く知ってもらいたい、という意図もあるんです。」

 実際にピアノ伴奏の演奏会に足を運んだことのある方ならわかると思うが、ピアノ伴奏は音楽の線を浮き彫りにする。アンサンブルが聴かせどころのモーツァルトなら、その良さはむしろオーケストラ伴奏よりもよく伝わってくるはずだ。MSJは「ステージとピアノさえあれば、モーツァルトの極上のアンサンブルを、演技付きでも、演奏会形式でもお届けできる機動性、柔軟性」を武器にしているのだ。

 すでに、今年10月25日にオクタヴィア・レコードから『コジ・ファン・トゥッテ』をリリースすることが決定している。合わせてネット配信も予定。またブックレットには、宮本さんの訳詞もつくそうだ。

 

MOZART SINGERS JAPAN

ソプラノ 鵜木絵里、針生美智子

テノール 望月哲也

バリトン 宮本益光

ピアノ  山口佳代、石野真穂、髙田恵子

 

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モーツァルトに魅せられて

 個人的にはモーツァルトのオペラは、すべてのオペラの中でも非常に「特別」な印象を受ける(まあ、オペラ以外の作品でもそうなのだけれど)。例えば、声楽を学ぼうとする時、最初に教わるオペラ・アリアはモーツァルトだし、若手がデビューする作品がモーツァルトである確率はとても高い。宮本さんは、モーツァルトが、「アンサンブルをを中心において物語を展開した最初の作曲家」であるという点に注目し、それが、モーツァルトがオペラ歌手のレパートリーの基礎に置かれる理由であると語る。MSJが「アンサンブルの素晴らしさ」を追求する所以でもある。

 「モーツァルト・オペラの真髄は、完成された様式美にあると考えます。モーツァルトにおいてオペラは、レチタティーヴォという様式を完成した。その後登場するドニゼッティロッシーニベッリーニの作品は、モーツァルトがつくりあげた様式美の発展型ととらえることができます。それほど完成されていながら、いえ、完成されているからこそ、逆にどうとでも料理できるのがモーツァルトの面白さです。完成された様式美があるからこそ、無限に広がることができる。ペーター・コンヴィチュニーやカロリーネ・グルーバーのような演出もできるわけです。」

 教員になろうと考えて藝大に進み、その勉強の過程で常にモーツァルトが身近にあった宮本さん。オペラ・デビューは1997年、広島市民オペラで上演された『ドン・ジョヴァンニ』。まだ大学院生の時だがマゼットを演じ、次はドン・ジョヴァンニをやりたいなあ、と思った(なんと数年後にその思いは実現するのだが)。「自分の人生の大事なときに、いつもモーツァルトがあった」という宮本さんにとって、モーツァルト・オペラは永遠のライフワークだ。

 「自分を歌手として育んだのがモーツァルトだから、ずっとそばに置いておきたいと思います。」

 

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人を輝かせる才能

 冒頭に紹介した「いつも面白いことを探していて、その面白いことにみんなを巻き込んでいく」という宮本益光さんの特徴は、プロデューサー気質ともいえるだろう。実際、「ベートーヴェンと行くアリスのおんがく旅行」(日生劇場ファミリーフェスティバル)や黒い薔薇歌劇団など、彼が企画や構成を手がけたコンサートは枚挙にいとまがなく、またどれもが文句なく「楽しい」ものばかりだ。

 「(音楽家としての)出発点が教員になりたいという思いなので、プロデユーサー的なことは好きかもしれません。何かをつくってみんなで一緒に楽しみたい、ということが、何につけても最初にきます。」

 その「みんなで」という視線は、当然、一緒にオペラ歌手として歩いてきた仲間たちにも惜しみなく注がれている。

 「仲間の好不調をずっと見てきているから、その人たちの“今”を紹介したいという思いも強いんです。鵜木絵里のデスピーナは当代随一でヨーロッパでも通用すると思っている。だからそれを聴かせたい。同じように、針生美智子の夜の女王を、望月哲也のタミーノを…。そうしてできたのがMSJなんです。」

 

 先日私は、宮本さんが企画したホワイトデーコンサートに行ってきた。3人の後輩バリトンとともに歌うコンサートは、「とびきり甘い夜」というタイトル通り、聴いていてワクワク、ドキドキ、そして最後には涙も出てくる「とびきり素敵な」コンサートだった。人を輝かせ、そして自分も輝く舞台をつくりあげる才能。宮本益光という人の凄さはここにある。益光さん、年齢なんて関係なく、生きている限りその声で輝き、誰かを輝かせ続けて続けてください。そして、私たちに輝く音楽を届け続けてください。

 

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2017年11月の東京二期会オペラ劇場『こうもり』ファルケ役を演じる宮本さん

 

 

宮本益光(みやもと ますみつ)  Masumitsu Miyamoto

東京藝術大学卒業、同大学院博士課程修了。学術(音楽)博士号取得。2003年『欲望という名の電車』スタンリーで一躍注目を集め、翌年『ドン・ジョヴァンニ』(宮本亜門演出)タイトルロールで、衝撃的な二期会デビューを飾る。二期会コジ・ファン・トゥッテ』グリエルモ、『チャールダーシュの女王』フェリ、『こうもり』ファルケ新国立劇場鹿鳴館』清原栄之輔、『夜叉ヶ池』学円、日生劇場開場50 周年記念『メデア』イヤソン、『リア』オルバニー公、神奈川県民ホール開場40周年記念『金閣寺』溝口、あいちトリエンナーレ及び、iichikoグランシアタ神奈川県民ホール魔笛』パパゲーノ等話題の公演で活躍。古典作品から現代作品、邦人作品までそのレパートリーは幅広く、コンサートでも読売日響、東京都交響楽団、東京交響楽団、日本フィル等と共演を重ねている。また演奏のみならず、作詞、訳詞、執筆、企画、演出等でも多彩な才能を発揮、創造性あふれるステージで聴衆を魅了している。CD「おやすみ」「あしたのうた」「碧のイタリア歌曲」「うたうたう 信長貴富歌曲集」、著作に「宮本益光とオペラへ行こう」、詩集「もしも歌がなかったら」「樹形図」等がある。二期会会員

 

【宮本益光さん 出演情報】

 

◇仙台フィルハーモニー管弦楽団「オーケストラと遊んじゃおう!Vol.15」

日時:2018年4月8日(日)11時/14時30分開演

会場:日立システムズホール仙台 コンサートホール

  

◇神奈川県民ホール みんなで楽しむオペラ『ヘンゼルとグレーテル』

日時:2018年6月3日(日)11時/14時開演

会場:神奈川県民ホール 大ホール

 

◇水戸芸術館 「ちょっとお昼にクラシック」

日時:2018年6月17日(日)13時30分開演

会場:水戸芸術館 コンサートホールATM

 

◇神奈川フィルハーモニー管弦楽団 

 定期演奏会 県民ホールシリーズ第1回「Mozart Gala Concert」

日時:2018年7月14日(土)15時開演

会場:神奈川県民ホール 大ホール

 

 

 

新国立劇場2018/19シーズンラインアップ説明会

 新国立劇場の次のシーズンのラインアップを、オペラ・舞踊・演劇それぞれの芸術監督が説明する会見は、140人あまりの出席者を数えるたいへん盛大なものでした。オペラに大野和士、演劇に小川絵梨子という2人の新しい芸術監督が登場することも、盛況の理由だったかもしれません。

 オペラの2018/19シーズンラインアップ詳細はこちら

 ここでは、大野和士次期オペラ芸術監督のお話をまとめて報告したいと思います。

 

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大野和士次期オペラ芸術監督

 

 大野次期監督は5つの目標を掲げました。

1)レパートリーの拡充

 現在、1シーズンに上演される演目は10あり、そのうち新演出は3演目だが、それを4演目に増やす。新国立劇場はこれまで20世紀作品などを積極的に取り上げてきたが、そのほとんどがレンタルなので再演ができず、劇場の財産にならなかった。そこで、これからは、まず新国立劇場世界初演を行い、それを海外へ持っていくというスタイルを常態化させたい。また、海外で上演されているプロダクションを導入するにあたっては、上演権を買い取って、好きな時に再演できるようなシステムを作りたい。

 

2)日本人作曲家委嘱作品シリーズの開始

 1シーズンおきに、日本人作曲家に委嘱した作品を上演する。音楽劇の本質は、ある時間の中で様々な人間の感情が重層的に錯綜していくということ。これまでの日本のオペラ作品にはなかった、重唱によってオペラティックな展開を見せるような作品を作りたい。そのためには、作曲家・台本作家・演出家・芸術監督が綿密に協議を重ねていくことが必要。こうした新しい日本のオペラを世界に発信していきたい。

 

3)ダブルビルとバロック・オペラの新制作を1年おきに上演する

 1幕もののオペラを2作上演するというダブルビルは一粒で2度美味しい。18/19シーズンはツェムリンスキー『フィレンツェの悲劇』とプッチーニ『ジャンニ・スキッキ』を上演。バロック・オペラのピットには東フィルと東響を考えている。

 

4)旬の演出家・歌手の起用

 例えば、18/19シーズン『魔笛』で招聘するウィリアム・ケントリッジは独特のポエティックな舞台を創り出す新時代の演出家。そうした新しい時代を代表する演出家を積極的に招聘していく。また、海外から招聘する歌手に加え、重要な役で日本人歌手を起用する。誇るべきレベルにある日本人歌手を起用することは新国立劇場の重要な使命だと考える。

 

5)積極的な他劇場とのコラボレーション

 海外の劇場だけでなく、日本にある様々な劇場ともコラボレーションをしていく。手始めに、2020年東京オリンピックパラリンピックに向けた「オペラ夏の祭典」では東京文化会館びわ湖ホール・札幌文化芸術劇場との連携を行う。

 

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 大野次期監督のお話の中で、特に印象に残ったのは、日本人歌手を積極的に起用していく、ということでした。ずっと私は、新「国立」劇場なのに、重要な役はすべて外国人で、日本人歌手が(言葉は悪いですが)チョイ役しか与えられないことに不満を感じていました。素晴らしい実力のある歌手を海外から招聘することができるのも「国立」ならではだと思いますが、日本人歌手の成長を手助けするという意味でも、もう少し板の上に乗るチャンスを与えてもいいのではないか、と思っていました(もちろん、きちんとオーディションを行うなどしてレベルを確保することは大前提ですが)。なので、「重要な役で」日本人歌手を起用するのは大賛成です。

 この件に限らず、大野さんの言葉からは、「日本のオペラの新時代をつくる」という情熱と責任が大いに感じられたのが特徴的でした。世界の歌劇場でタクトを振る大野さんだからこそ、世界の中での日本のオペラ界の位置というものを肌感覚でとらえているのでしょう。オペラは「人間がいかに生きていくかという哲学」を表現する芸術だ、という大野さんは、「この国が今おかれている状況を考えても、この課題に日本は取り組むべきだし、また私の年齢はそれに取り組むことができる最後のチャンスだと思う」と語りました。今年58歳を迎える大野さんが新国立劇場の芸術監督というポストを引き受けられた一番の理由がここにある、と感じました。

 

 「新しい日本のオペラをつくり、世界に発信していく」という壮大な目標の第一歩として、まず次シーズンに上演されるのが、石川淳の原作による『紫苑物語』。平安時代を舞台に、歌の名家に生まれた宗頼という男性を主人公に、狐の化身である女性・千草との愛や、瓜二つの姿を持った仏師の平太との出会いを通して、芸術の永遠性や人間の我執を描く幻想的な物語です。大野さんは、西村朗に作曲を、佐々木幹郎に台本を依頼。そして演出は、現在日本人オペラ演出家として世界的に名高い笈田ヨシを迎えることが決まっています。

 確かに、壮大でありながら人間の本質に迫るドラマが生み出される予感がしますが、個人的には一点、どうしても気になることがありました。それはこの、いわば「大野新体制」を象徴する作品の原作、作曲、台本、演出、美術、衣裳、照明、監修、そして主役(いうまでもなく指揮も)すべてが男性であるこということです。むろん、芸術の才能に男女の別はありません。ありませんが、「世界に発信する新しい日本のオペラ」を創り上げるグループがすべて男性で占められているという状況は、なんとも歯がゆいというか、モヤモヤしてしまいます。それは図らずも、ジェンダーギャップ指数が世界114位という現在の日本社会の見事な反映になってしまってはいないでしょうか。大野次期監督には、ぜひ、「オペラにおける男性と女性」というテーマにも目を向けてもらえたら、と思います。

 それはともかくとして、これまでにない新しい光を感じたラインアップ説明会だったことは間違いありません。次のシーズンを楽しみに待ちたいと思います。

 

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左から 小川絵梨子次期演劇芸術監督、大野和士次期オペラ芸術監督、大原永子舞踊芸術監督

 

2018年1月11日、新国立劇場にて。

第3回 知性と直感を兼ね備えた若きマエストロ 山田和樹(指揮)

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21世紀の「ヤマカズ」

 かつては指揮者「ヤマカズ」といえば「故・山田一雄」のことだったが、2017年現在の日本では、ほぼ100パーセント「山田和樹」を指す。それは、偶然にも名前が似ていただけでなく、山田和樹さんがその愛称で知られる偉大なる先輩指揮者に勝るとも劣らない優れた資質を持ち、八面六臂の活躍を繰り広げているからに他ならない。例えば2015年〜17年にかけて日本フィルと行った「山田和樹マーラー・ツィクルス」や、2016年「柴田南雄生誕100 年・没後20年 記念演奏会」などは、芸術選奨文部科学大臣新人賞、文化庁芸術祭大賞を受賞し大きな話題となった。特に後者は、「重要だし、誰かがやらなければいけないけれど、なかなか実現できそうにない」企画の最たるものだったと思われる。そう、ここ数年、「今、これをやるのか!」と周囲を唸らせるような企画に「ヤマカズ」は積極的にコミットしているのだ。

 「僕がやらなきゃやる人がいない、というお節介的使命感があるんです(笑) 真面目な話、35歳を過ぎたときに自分の“限界”を意識するようになりました。仮に80歳まで生きたとしても指揮したい曲を全部は指揮できない。ならば、最高のオリジナリティは『自分にしかできないこと』と、『他の人がやらないこと』をやることだと。それが最終的には“やりたいこと”になるんですけれどね。」  

 そんな山田さんがこのたび立ち上げたのが、音楽監督兼理事長を務める東京混声合唱団(以下、東混)、正指揮者を務める日本フィルハーモニー交響楽団(以下、日本フィル)とスタートさせた「山田和樹アンセム・プロジェクト」である。またニッチなところをと唸った人も多いのではないか。

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 「東混は1956年に、“合唱作品の開拓と普及”ということを掲げて東京藝術大学声楽科の卒業生によって創設されたプロの合唱団です。その開拓者精神、フロンティア・スピリットにもう一度立ち返ろう、ということで考えたのが『アンセム・プロジェクト』なんです。具体的には、各国の国歌と、“第二の国歌”と呼ばれるような愛唱歌を中心に演奏・録音していくもの。誰もやったことがないものと誰もが知っているもの、その両方をプロのクオリティで表現してくことが目標です。」

 第一弾として、11/22にキングレコードから「山田和樹のアンセム・プロジェクト Road to 2020」と題する2枚組CDをリリース。さらに同名のコンサートが、東京混声合唱団とともに2018年2月20日に東京オペラシティ・コンサートホールで開催される。

  「次のCDでは、合唱作品で人気・実力ともにナンバーワンの作曲家・信長貴富さんにメドレー作品を作っていただくことが決まっています。最終的には5〜6枚のCDをリリースしたいと思っています。このプロジェクトが完遂した暁には、東混は世界で一番色々な言語に精通した合唱団になります。合唱の世界で“東京に東混あり”と言われるようになりたい。そのためにも、2020年の東京オリンピックパラリンピックまで継続的に盛り上げていくつもりです。」

www.kingrecords.co.jp

 

オペラ指揮者としての素質

 

 現在、日本では東混の他、日本フィルハーモニー交響楽団正指揮者、横浜シンフォニエッタ音楽監督というポストに就き、さらに2018年4月からは読売日本交響楽団の首席客演指揮者に就任することが決まっている山田さん。やはり彼の軸足はオーケストラの世界にあるのだろうか。私には、オペラ指揮者としてもっと本格的に活動してくれないかという切なる希望があったので、そのことを素直にぶつけてみた。

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 「オペラはできる限り指揮したいと思っています。1年に1作を目指して取り組んでいきたいです。」

 これまでに彼が指揮したオペラ(藤原歌劇団カルメン』、日生劇場『ルサルカ』、そして厳密にはオペラではないが2012年サントリーホールでのクセナキス『オレステイア三部作』など)を観たところ、情熱的なところとクールなところとのバランス感覚が抜群だと感じているのだが。

 「自分では特にバランスということは考えてはいませんが…そう、最近は演奏家にどう伝えるのか、ということを考えていますね。自分が自然な呼吸をしているときに、オーケストラは自然な音を出してくれる。しかし、オペラにとってはそれがマイナスな時もある。そういう時はあえてテンションを与えなければいけない。ただし、作戦を練ってもそう上手くいくものでもないですし。」 

 驚いたことに、彼はリハーサルでもあまりプランニングはしないそうだ。特に本番は、その場その場で変わるもの。「こうしよう」と決めてしまうと、その変わった瞬間の呼吸をつかまえることができなくなってしまうのだという。

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 「“今ならいける!”という瞬間をつかめるかどうか。究極、指揮者というのはその嗅覚なんだと思います。もちろん、それをキャッチするためには常にアンテナを立てていなければならないですけれど。僕はカラヤンが大好きなんですが、彼はそのことを『鳥の群れが空を飛んでいる。それを操るのが指揮者の仕事』と言っています。カラヤンはそれが抜群にうまかった。そういう指揮者に憧れるんです。」

 

 指揮者には色々なタイプがいて、情熱でグイグイ引っ張っていくような人もいれば、緻密に計算していく人もいる。作品にもよるが、私が「いいな」と感じるオペラの多くは、その中間にいるような「バランスの優れた」指揮者の演奏であることが多い(そして私もカラヤンが大好きである)。山田和樹がその「キャッチする力」を発揮したとき、音楽はこの上なく光り、そして動く。その瞬間が生まれるためには、優れた演出家と組むことも必須だろう。

 「一度幕が上がってしまえば、その空間を操るのは僕。これは麻薬的な魅力があると同時に、恐ろしいことでもあります。」

  音楽が好きで、「声楽家かピアニストになりたかった」という山田さん。でも、やはり彼の話を聞いていると、いかにも「指揮者メンタリティ」だなあと思う。「ヤマカズだけじゃダメ。もっと若い人がどんどん出てきてくれないと」とも語っていたが、そのメンタリティとバイタリティがある限り、まだまだ「ヤマカズ」の天下は続きそうだ。

 

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山田和樹(やまだ かずき) Kazuki Yamada

 2009年第51回ブザンソン国際指揮者コンクールで優勝。ほどなくBBC交響楽団を指揮してヨーロッパ・デビュー。同年、ミシェル・プラッソンの代役でパリ管弦楽団を指揮して以来、破竹の勢いで活躍の場を広げている。
 2016/2017シーズンから、モンテカルロフィルハーモニー管弦楽団芸術監督兼音楽監督に就任。スイス・ロマンド管弦楽団首席客演指揮者、日本フィルハーモニー交響楽団正指揮者、東京混声合唱団音楽監督兼理事長、横浜シンフォニエッタ音楽監督などを務めている。2016年には、実行委員会代表を務めた「柴田南雄生誕100 年・没後20年 記念演奏会」が平成28年文化庁芸術祭大賞、2017年には『山田和樹マーラー・ツィクルス』などの成果に対して、第67回芸術選奨文部科学大臣新人賞を受賞を受賞。
これまでに、ドレスデン国立歌劇場管、パリ管、フィルハーモニア管、ベルリン放送響、バーミンガム市響、サンクトペテルブルグ・フィル、チェコ・フィル、ストラスブール・フィル、エーテボリ響、ユタ交響楽団など各地の主要オーケストラでの客演を重ねている。
 東京藝術大学指揮科で小林研一郎松尾葉子の両氏に師事。メディアへの出演も多く、音楽を広く深く愉しもうとする姿勢は多くの共感を集めている。ベルリン在住。

公式twitter @yamakazu_takt

 

山田和樹さん 出演情報】

◇12月27日(水)18:30開演 東京オペラシティコンサートホール
東日本大震災 復興支援プロジェクト 仙台フィル×読響 スペシャル合同オーケストラによる
山田和樹指揮 小・中・高校生のための「第九」チャリティ・コンサート
問い合わせ:公益財団法人ソニー音楽財団  03-3515-5261
 
 
◇12月28日(木)19:30開演 東京コンサーツラボ
山田和樹のおしゃべりコンサート Vol. 1 東混マスターズとともに

http://tocon-lab.com/event/171228

◇12月29日(金)19:00開演 東京コンサーツラボ
山田和樹のおしゃべりコンサート Vol. 2 竹山愛(フルート)とともに

http://tocon-lab.com/event/171229

問い合わせ:東京コンサーツ 03-3200-9755

 
 
◇1月12日(金)19:00 ソニックシティ
(ピアノ:小曽根 真)
問い合わせ:ソニックシティホール 048−647−7722
 
 
◇1月13日(土)18:00 横浜みなとみらいホール
山田和樹指揮 日本フィルハーモニー交響楽団 第334回横浜定期演奏会<秋季>
(ピアノ:小曽根 真)
問い合わせ:日本フィル・サービスセンター  03-5378-5911
 
 
◇1月14日(日)14:30 相模女子大学グリーンホール
(ピアノ:小曽根 真)

 


◇1月27日(土)13:30 静岡市民文化会館 大ホール
山田和樹指揮 ドヴォルザーク作曲 オペラ「ルサルカ」
問い合わせ:静岡市民文化会館 054-251-3751 

  

◇2月10日(土)15:00 山形テルサ テルサホール
山田和樹指揮 横浜シンフォニエッタ(ヴァイオリン:樫本大進 
問い合わせ:山形テルサ 023-646-6677
 
 
◇2月13日(火)19:00 ザ・シンフォニーホール
山田和樹指揮 日本センチュリー交響楽団(ヴァイオリン:樫本大進) 
問い合わせ:センチュリー・チケットサービス 06-6868-0591
 
 
◇2月17日(土)19:00 フィリアホール
山田和樹指揮 横浜シンフォニエッタ第13回演奏会
(チェロ:アレクサンドル・クニャーゼフ) 
問い合わせ:フィリアホールチケットセンター  045-982-9999
 
 
山田和樹指揮 東京混声合唱団(ピアノ:萩原麻未
問い合わせ:河北新報社企画事業部 022-211-1332
 
 
◇2月20日(火)13:30 東京オペラシティコンサートホール
山田和樹指揮 東京混声合唱団(ピアノ:萩原麻未
問い合わせ:ジャパン・アーツぴあ 03-5774-3040
 

東京芸術劇場シアターオペラvol.11『トスカ』 演出の映画監督・河瀨直美さんに聞く

 全国5都市(新潟・東京・金沢・魚津・沖縄)で上演される全国共同制作プロジェクト、プッチーニの歌劇『トスカ』。これが初めてのオペラ演出になる映画監督の河瀨直美さんに、翌日は東京芸術劇場での初日というタイミングでお話を伺うことができた。

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10月15日に新潟で幕が上がったわけですが、現在のお気持ちをお聞かせください。

 初めて自分が手がけたオペラがかたちになったのを観て、今は新鮮な感動でいっぱいです。

 実は特に注意を払ったのが字幕なんです。映画を海外で上演する時に感じているのは、字幕の大切さです。言葉が通じなければ何もわかりませんから。かといって、文字が多すぎても舞台の上の表現に集中できない。『トスカ』は200年前のイタリア語ですから比喩がとても多くて、今の私たちにとってはそのまま訳したのではわかりにくい。なので、字幕の方とディスカッションしながら、できるだけシンプルでわかりやすい表現を探しました。

 

「舞台は古代日本を想定させる“牢魔”」という演出プランはどこから着想されたのでしょうか。

 時代と場所を特定しないことで、観にいらしたお客様が舞台上の人たちと同じ地平で出会うことができる。そのことで、本来プッチーニが表現したかったものに近づくことができたのではないかと思っています。

 私は2人の男性の登場人物のうち、カヴァラドッシよりもスカルピアに感情移入できるんです。スカルピアは悪役ですが、ただの悪い人間ではない。男性ならたいていの人が心のそこに持っている欲望や上昇志向をキャラクターにしたもの。ですから、自分とは全然関係のない人、ではなく、誰しもが持っている憎悪や激しい感情を表現しているのではないでしょうか。プッチーニは、社会の中に存在している人間の本質というものを、この『トスカ』というオペラで描きたかったのだと思いました。

 

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オペラではスカルピアだけでなく、最後にはカヴァラドッシもトスカも死んでしまうという悲劇的な結末を迎えます。

 3人はそれぞれの生を私たちに見せてくれます。スカルピアは先ほど言ったように、人間の本質的な感情を。トスカは清らかな愛と信仰に生きるという魂のあり方を。そしてカヴァラドッシは命をかけて友人をかくまい、自らを犠牲にするという潔さです。そうした3人の生を私たちが見たとき、そこに「力」を感じるのです。それは悲劇のドラマの中にさしている「希望」でもあります。

 これは日本人ならではの考え方かもしれませんが、人間の命は死んで終わりではなく、輪廻転生がある。今この時代の生を全うした後でも、思いは次の世代に繋がっていく。ひとりの人生としては死は終わりですが、そこから始まる何かがあって、それを観客が受け取って今の生にいかしていくことができるという「希望」を、この物語から受け取っていただければと思います。

 

今回の登場人物について、もう少し詳しく教えていただけますか。

 トスカは「トス香」、カヴァラドッシは「カバラ導師・万里生」で、彼らは古代のシャーマンです。これに対してスカルピアは「須賀ルピオ」という新しい勢力を代表する人物。どちらが悪いということではなく、価値観の違いが表現されていきます。

 トス香の信仰は、ここでは自然信仰です。古来日本では自然には神がいて、災害は神の怒りだと考えられてきました。けれども現代では、人間が自然をコントロールしながら快適さだけを求めてきたために、地球そのものが疲弊し危機に瀕しています。そうした私自身の表現者としての問題意識も盛り込まれています。

 

監督ご自身が手がけられた映像も大きな注目の的ですが。

 映像には各幕ごとにテーマがあります。第1幕は大地、第2幕は深海、そして第3幕は再び大地に戻ってきますが、特に夜明けを表現しました。時間の移り変わりを追いながら、太陽や雲の流れをつくっていきました。

 映像が映し出されるスクリーンは、それ自体が人物が出入りする玄関になっています。そこに表れる光と影に注目していただければと思います。

 

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10月26日東京公演ゲネプロより

オペラ演出についてはどんな感想を持たれましたでしょうか。

 映画もそうですが、私は大勢の人たちがひとつになってものを作り上げていくことが大好きなんです。映画の時は作品に入り込んで、俳優たちともディスカッションを重ねていきます。今回もその手法を取り入れましたが、もし機会があれば、次のオペラ演出ではもっともっと時間をかけてひとつの作品を練り上げていきたいと思います。

 今回ご一緒したソリストの方たちは、皆さん、日本のこれからを担っていくような才能の持ち主です。日本のオペラ界を支えていく若手がどうやったらもっと世界にアピールしていけるか、ということを考えていきたいです。実は、映画の世界も同じ課題を抱えています。世界のトップの人たちと並んで表現していけるようなものを、映画でもオペラでも目指していけたらと思っています。

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河瀨直美(かわせ なおみ) Naomi Kawase

映画作家

生まれ育った奈良で映画を創り続ける

1989年 大阪写真専門学校(現ビジュアルアーツ専門学校)映画科卒業

1995年 自主映画『につつまれて』、『かたつもり』が、山形国際ドキュメンタリー映画祭をはじめ、国内外で注目を集める

1997年 劇場映画デビュー作『萌の朱雀』でカンヌ映画祭カメラドール(新人監督賞)を史上最年少受賞

2007年 『殯の森』で、カンヌ映画祭グランプリ(審査員特別大賞)を受賞

2009年 カンヌ映画祭に貢献した監督に贈られる「黄金きん の馬車賞」を受賞

2013年 カンヌ映画祭コンペティション部門の審査委員に就任

2015年 フランス芸術文化勲章シュヴァリエ」を叙勲

『あん』が国内外で大ヒットを記録

2016年 カンヌ映画祭シネフォンダシオン・短編部門の審査委員長に就任

2017年 『光』がカンヌ国際映画祭 エキュメニカル賞を受賞

オペラ『トスカ』を初演出

2018年 最新作『Vision』(ジュリエット・ビノシュ主演)公開

11月23日よりパリ・ポンピドゥセンターにて大々的な「河瀨直美展」が6週間にわたり開催される

映画監督の他、CM演出、エッセイ執筆などジャンルにこだわらず表現活動を続け、

故郷の奈良において「なら国際映画祭」をオーガナイズしながら次世代の育成にも力を入れている。

公式サイト www.kawasenaomi.com

公式ツイッターアカウント @KawaseNAOMI

 

 

東京芸術劇場シアターオペラvol.11 全国共同制作プロジェクト

プッチーニ/歌劇『トスカ』《新演出》 全3幕 日本語字幕付 イタリア語上演

2017年10月27日(金)18:30開演/29日(日)14:00開演

東京芸術劇場 コンサートホール

 

演出:河瀨直美

指揮:広上淳一

 

チケット料金(全席指定・税込)※当日券あり

S席10,000円 A席8,000円 B席6,000円 C席4,000円

D席3,000円(完売) E席1,500円(完売) SS席12,000円(完売)

 

チケット取り扱い

東京芸術劇場ボックスオフィス

0570-010-296(休館日を除く10:00~19:00)

 

主催:東京芸術劇場 (公益財団法人東京都歴史文化財団

 

【全国5都市公演】

新潟公演 10月15日(日)※終了

金沢公演 118日(水)19:00開演 金沢歌劇座
魚津公演 1112日(日)14:00開演 新川文化ホール
沖縄公演 127日(木)19:00開演 沖縄コンベンションセンター

第2回 現代の新しいスター像 西村 悟(テノール)

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ここ数年、日本のテノールの中では目が離せない活躍をみせる西村悟(さとし)さんが、この10月に東京オペラシティ コンサートホールで初のオーケストラ伴奏によるソロ・リサイタルを開く。35歳、歌手としては「若手」の彼が語るオペラへの思い、とは。

オーケストラとともに歌うリサイタル

「今回のリサイタルは、平成25年に五島記念文化賞オペラ部門オペラ新人賞をいただいて、1年間のイタリア研修の成果を披露するものです。なので、プログラムは全部“勝負曲”。これまでコンクールやオーディションで歌ってきた、思い出も思い入れもあるものばかりになりました。」

 プログラムにはドニゼッティ愛の妙薬』、ヴェルディマクベス』、プッチーニラ・ボエーム』など、ベルカントからヴェリズモまで、イタリア・オペラの名アリアがずらり。なるほど、これは「最初から最後までクライマックス」である。しかもバックには、山田和樹指揮日本フィルハーモニー交響楽団が控える。通常、この手のリサイタルではピアノ伴奏のことが多いが、今回、西村さんは敢えてオーケストラにこだわったという。

 「実は僕は、ずっと声量がないのがコンプレックスでした。だから、イタリア研修のテーマに、“オーケストラの響きに負けない声をつくること”を掲げました。その成果をおみせするためには、どうしてもオーケストラ伴奏にすることが必要だったんです。」

 

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 そこには、イタリアで十分に研修を積んだという自信が垣間見えるが、さらに彼を後押しした存在がいる。

山田和樹さんが『僕、振るよ』とおっしゃってくださったのが大きかったですね。山田さんとは、2014年にスイス・ロマンド管弦楽団メンデルスゾーン交響曲『讃歌』を演奏される時にお声をかけていただいたのが最初の出会いです。それから何回か僕を指名してくださって。そのうち山田さんが『指揮者にとってシンフォニーとオペラは車の両輪なので、これからはオペラもどんどん指揮していきたい』とおっしゃっているということをうかがい、それでは、と今回のリサイタルのご相談をしたんです。そうしたら『ぜひ』と言ってくださった。それで僕も踏ん切りがつきました。」

 山田和樹さんも、現在、破竹の勢いで活躍の場を広げている指揮者である。今年(2017年)2月に藤原歌劇団の『カルメン』を振って本格的なオペラ・デビューを果たしたのは記憶に新しいところ。ところで、山田さんは西村さんの3歳上、今年38歳になる。30代、クラシック音楽界では「若い世代」のふたりがこうして舞台の上で共演するというのは、何か大きな時代の変化を感じさせる出来事ではないだろうか。

同世代、ということでいえば、今年5月、西村さんが急遽代役でローゲを歌った日フィルのワーグナーラインの黄金』を指揮したピエタリ・インキネンは、西村さんと同い年だそうだ。

「僕たち若い世代が、今オペラ界を牽引されている先輩方の間に割って入っていくようにならないと、オペラという文化は発展していかないと思います。そのためにも、もっともっと力をつけなきゃならない。これからは、もっと色々な役にも挑戦していきたいです。」

 

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オペラ歌手として生きていきたい

 高校時代までバスケット選手を目指していたという西村さんは、体格にも恵まれており、舞台に上るとひときわ目をひく存在。ご本人も、「舞台に立つ」ことが楽しくて仕方ないようだ。

「体を使って表現することが大好きなんです。だから歌と演技の両方を磨いていきたい。劇場にいらしたお客様が、耳で聴いて、目で見て感じるもの。それがオペラですよね。たとえ言葉がわからなくても伝わってくるようなパフォーマンスができるようになることが僕の理想です。」

そんな西村さんが将来演じてみたい役は?


「いちばん興味がある演目は『ローエングリン』です。ただ、今の僕の声にはまだ早いですね。もうすこし時間が欲しい。」

 

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 今回のリサイタルの演目をみてもわかる通り、西村さんはずっとイタリア・オペラ、それもベルカントなど軽い声の役柄にこだわってきた。しかし2年前にその考え方を変えるような経験をしたという。

「2015年にインキネン指揮の日フィルからマーラーの『大地の歌』のオファーをいただいたんです。それまでドイツ語の曲なんて『第九』ぐらいしか歌ったことがなかったので、とても苦労しました。でも、『自分の声でやってみればいい』と吹っ切れた瞬間があったんですね。まず、自分が持っている力で歌ってみて、その結果を評するのはお客様であり、共演者だと。幸い、公演は良い評価をいただいて、そこから僕の中で歌に対する姿勢が変わったと思います。」

 

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 自分の中のこだわりを守ることも大切だが、しかし「できない」と断っていてはいつまでもゼロのままだ。そのことに気づいたとき、オペラ歌手西村悟は大きく成長したのだろう。実際、今年、びわ湖プロデュース・オペラ『ラインの黄金』で歌ったローゲ役は絶賛を浴び、それが先ほども触れたインキネン指揮の日フィル公演での代役へと繋がった。

「日本人がオペラ歌手として生きていくためには、『これだけしかやらない』ということではチャンスが広がらない。これから世界に挑戦するためには、いろいろな言語で多種多様な役をやらないと生き残っていけないと思います。」

「世界」という言葉がなんのてらいもなくスッと出てくるところにも、新しい世代の風を感じずにはいられない。新時代のスター、西村悟。この先どんな広い海へと乗り出していくのか、本当に楽しみでならない。

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西村 悟(にしむら さとし)  Satoshi Nishimura

【西村 悟さん 公演情報】

美しい時代へ 東急グループ 五島記念文化賞オペラ新人賞研修記念

西村悟テノール・リサイタル with 山田和樹指揮 日本フィルハーモニー交響楽団

 

東京二期会『ばらの騎士』記者会見

 7月26日から開幕する東京二期会『ばらの騎士』、指揮のセバスティアン・ヴァイグレ氏と演出のリチャード・ジョーンズ氏の来日記者会見が行われました。このプロダクションは、2014年のイギリス・グラインドボーン音楽祭で初演されたもので、今回はいわばその「日本バージョン」。東京文化会館で4公演行われた後は、愛知県芸術劇場iichiko総合文化センターでも上演される予定。

 7月13日、都内某所の稽古場で行われた記者会見の模様をお届けします。

 

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ばらの騎士』という作品について

  愛について、人生について、時間について、人間関係について語られている。つまり、オペラにあるべきものがすべて詰まった作品です。音楽的には、『サロメ』『エレクトラ』の後で書かれていますが、その2作がエッジの効いた先端的な作品だったのに対して、『ばら』は美しいメロディのつまった「コメディ」です。軽やかさと明晰さがこの作品の鍵なのです。

 また、ワルツがたくさん使われているところに注目してください。このオペラの時代設定である18世紀には、実はまだワルツは生まれていなかった。にもかかわらず、ウィーン風のワルツが大きな役割を果たしています。

 様々な感情を呼び覚ます、とても喜ばしい作品です。

 

今回のプロダクションについて

  『ばらの騎士』は大好きな作品で、何度も指揮してきていますが、すべて日本人の歌手によるプロダクションというのは私にとって特別なものです。しかも今回は、初めてその役を歌うという歌手もたくさんいます。今はみんなで、歌詞に込められた二重の意味を考え、最終的に到達すべき音楽性を目指して作品に立ち向かっているところです。

 

読売日本交響楽団について

  オペラ公演においては、良い歌手と良いオーケストラがいて、良いインタラクションがあるということがとても重要です。こうしてほしい、と言葉で指示することもできますが、ボディランゲージが大きい。その点、読売日本交響楽団はよく反応してくれるので、きっと素晴らしいパフォーマンスをお聴かせできると思います。

 

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  • 演出 リチャード・ジョーンズ氏
  •   2015年に大英帝国勲章を受賞しているジョーンズ氏は、イギリスを代表する演劇・ミュージカル、そしてオペラの演出家。今回が初来日。

 

演出コンセプトについて

  私の基本的な演出のコンセプトは、「物語を語る」ことです。

 この作品は、第1幕、2幕、3幕でまったく別の世界が展開されます。第1幕は古き良きウィーンを象徴する伝統的な社会、第2幕はニュー・マネーが支配する新興貴族の裕福な社会、そして第3幕は少し不思議な、社会の辺境にある社会です。そのために、それぞれの幕ではまったく違った舞台装置を考えました。

 

ばらの騎士』という作品をどうとらえているか

  様々な文化的な要素が盛り込まれた、とても複雑で洗練されているのが『ばらの騎士』という作品です。最高級のオペラ、といってもいいでしょう。さらに素晴らしいのは、そのように複雑でありながら、初めてオペラを観に来た人も楽しめるというところです。音楽が美しくてテンポが早く進んでいく、そして最後に内省的なドキッとする瞬間が現れる。

 このオペラは最高級のコメディです。そこにはヨーロッパの他の様々な作家、例えばモリエールからの影響をみてとることができます。登場人物がバラエティに富んでいて、彼らはそれぞれいけない行動をしますが、それは決してバレてはいけないという状況が展開していきます。

 

初めて観る方へのアドバイス

 まずは何よりも音楽を楽しんでください。

 そして物語。登場人物が追いつめられて、なんとかその状況から抜けだそうとしているという状況がたくさん出てくるので、そうしたコミカルな場面をどうぞリラックスして楽しんでほしいと思います。

 面白おかしいのに、最後には胸を打たれる。まさに演劇的な作品です。音楽と、そしてそうしたドラマを楽しんでいただければ嬉しいです。

 

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 私自身は、このオペラを「喜劇でありながら悲劇」という風にとらえていました。特に、ある時期から元帥夫人に自分を重ねて(彼女ほど美しくも高貴でもありませんが笑)、「女性が年を重ねていくということ」の悲しさが胸にキリキリと突き刺さってきて、特に第3幕ラストの元帥夫人・オクタヴィアン・ゾフィーの三重唱では涙を抑えることができません。この点についてジョーンズ氏に質問したところ、次のような答えが返ってきました。

 

 「非常に心を動かされるところはありますが、私自身は、このオペラはセンチメンタルな作品ではないと思っています。元帥夫人は30代前半、つまり年老いた女性、ではなく、これから年老いていくことを予感している女性です。そんな彼女はオクタヴィアンと別れたからといって、自分の愛の生活を捨てるつもりはない。つまり彼女は、今後も男性を愛し続けいくのです。」

 

 『ばらの騎士』を観終わったあと、何をどう感じるかはもちろん観客に任されているのですが、「ああ、面白かった」と思いながらも胸に無視できない痛みが残るような、そんな体験が今までは多かったように思います。でも、もしかしたらこの『ばら』は違うかもしれない、もっと新しい、もっとワクワクするような何かがみられるのでは…。ジョーンズ氏の答えに、公演を観るのがいっそう楽しみになりました。

 

 

東京二期会愛知県芸術劇場東京文化会館iichiko総合文化センター読売日本交響楽団名古屋フィルハーモニー交響楽団 共同制作
グラインドボーン音楽祭との提携公演》

リヒャルト・シュトラウス作曲『ばらの騎士

第1回 誰よりも真摯な「音楽の奉仕者」 幸田浩子さん(ソプラノ)

f:id:classicportrait:20170605171043j:plain「日本を代表するソプラノ」のひとり、幸田浩子さん。その名前は、クラシック・ファンはもちろんのこと、広くお茶の間でも知られている。それは幸田さんが、NHK-FM「気ままにクラシック」やBSフジ「レシピ・アン」などテレビやラジオに出演する機会が多いことも関係しているだろう。また、クラシックの歌手としては、CDのリリースも多く、彼女の人気の高さがうかがえる。

お客様に幸せな気持ちで帰っていただきたい

 幸田さんの歌声を聴いていると、優しく包み込まれるような気持ちになる、という人は多い。それは何より幸田さん自身が、「どうしたらお客様に喜んでもらえるか」ということを第一に考える歌手であるからだ。

「私はとても単純な舞台人なので、音楽が自分の体の中を通ってお客様に届いていく、それだけでもう幸せを感じます。だからお客様にも幸せになっていただきたい。オペラを観た方が今よりもっと心が柔らかくなるような、そんな気持ちになれる時間を作り出したいという思いが常にあります。」

 幸田さんが時々に口にするのは、「お客様が」という言葉だ。この舞台を観てお客様が何を感じるのか、どんな気持ちで劇場を後にするのか、そのことを考えない時はないという。

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 「あるイタリア料理研究家の方のお料理をいただく機会があったんですが、一緒にテーブルを囲む方たちの心が柔らかくなりますように、幸せを届けられますように、と思いながら作る、とおっしゃるんです。ああ、舞台と同じだなって。何かを共有したいと思いながらつくりあげるものは、オペラでも料理でもみんな一緒なんだって感動しました。」

 クラシックの演奏会に行くとしばしば見かける光景だが、終演後(もしくは休憩時間)に、口角泡を飛ばしながらその演奏の出来不出来について議論する人たちがいる。「あのパッセージが巧かった」とか「あそこのテンポは納得できない」とか、とかくクラシックはそうした「批評」を語る方がよい、とされがちだ。だが幸田さんは、「あそこが良かった、より、大好きな人に大好きって伝えたい、って思えるような演奏をしたい」という。私も、そんな風に思える演奏に出会えた時ほど幸せな気持ちになれる時はないと思う。そして、そういう演奏はいつまでも心に残り続ける。

「オペラ歌手であること」の原点

 愚問だとわかってはいるものの、幸田さんに「なぜオペラ歌手になろうと思ったのか」という質問をぶつけてみた。

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 「二十歳でイタリアに2週間ほど滞在した時、初めてオペラと日常生活がリンクしていることを感じたんです。例えば、駅でカップルがこの世の終わりみたいに熱烈なキスをしながら別れを惜しんでいる。離れ離れになってしまうのかしら、と思って見ていたら次の電車に普通に乗って、ただ家に帰るだけだったのねって。あるいは、教会でマリア様に真剣にお祈りを捧げている人がたくさんいる。そんなふうに、舞台の上にしかないと思っていたものは、すべてイタリアの日常生活の中に溢れていることに気づきました。今、自分がなぜオペラ歌手をやっているのか、と考えると、その時の新鮮な気づきがあったからだと言えます。」

「すべては人の営みの中にある」と気づいた幸田さんは、それから、自分も舞台の上で「生きれば」いいのだ、と悟ったのだという。

 オペラは超現実的な、自分たちの生活とはかけ離れたおとぎ話ではない。確かに、日常生活とオペラでは細かい作法などに違いはあるが、その「根っこ」は結局「人の営み」なのだ。幸田さんの舞台を観ると、いつも「自分にあった役を選んでいるな」と感じるのだが、実はそれは彼女がその役を自然に「生きて」いるからに他ならない。

オペラをもっと愛してもらうために

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 イタリアでローマ歌劇場ベッリーニ大劇場などに出演、その後ウィーン・フォルクスオーパー専属歌手としてウィーンに住んでいた幸田さん。本場ヨーロッパと日本では、オペラを取り巻く環境が違うことを指摘する。

「ウィーンでもローマでも、街を歩けばポスターが貼ってあり、毎日どこかでオペラをやっている。“今日暇だから、じゃあオペラでも観に行こうか”っていえる環境がある。でも日本だと、チケット代も高いですし、上演回数も多くない。まだまだオペラが身近ではないですよね。」
「だからこそ」と幸田さんは続ける。

「最初の入り口として、素直な解釈のトラディショナルなプロダクションをもっと上演する必要があるのではないでしょうか。ウィーンやベルリンなら、ここは伝統的な演目を上演する劇場、ここは前衛的な劇場、と、ある程度住み分けができている。でも日本はそうではありません。まずは、トラディショナルなものがいつでも観られる、という状況を作り、その上で実験的なもの、前衛的なものにという順番であるべきだと思うんです。」

 こうした幸田さんの意見を「保守的」だと考える人もいるかもしれない。しかし、数々の舞台に出演してきたからこそ、誰よりも受け手の反応を肌身に感じている幸田さんのこの言葉には、真摯に耳を傾けたい。何より「お客様が幸せな気持ちになってもらえるように」というのが彼女の原点なのだ。

「“オペラってこんなに素敵だったの”と素直に感動できるような作品ならば、私自身、責任を持って発信できるのです」という一言に、プロの舞台人としての自負と自信を感じた。

音楽の奉仕者 

 実は私自身の幸田さんの第一印象は、「美しい声と美しい容姿の持ち主」。初めてお会いした時には、まるで物語のお姫様がそのまま舞台から降りてきたように思えた。しかし、お仕事をご一緒するうちにわかってきたのは、彼女の中にある、愚直なまでの「音楽への愛」だ。

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 オペラというのは、舞台上にいる歌手と、そして舞台の外側にいる実に多くの人たちの仕事がひとつになって出来上がっている。指揮者、オーケストラは言うに及ばず、装置を作る人、衣裳を作る人、字幕、照明、など、それぞれのジャンルのプロが集まって作り上げる「総合芸術」なのだ。「歌い手は、関わっているすべての人の“思い”を背負って舞台に立つんです」という幸田さん。「怖くないですか」とたずねると、こんな答えが返ってきた。

「それぞれのプロが、舞台のために周到に準備をしているところを目の当たりにすると、やはりみんな心の中に音楽への愛があるんだな、と感じます。その思いを伝えるのが、私の役目なんです。」

 作り手の思いと受け手の思いを繋ぐ人。そして音楽を心から愛し、音楽で人を幸せにしたいと願う人。幸田浩子は、実は誰よりも真摯な「音楽への奉仕者」なのである。

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幸田浩子(こうだひろこ) Hiroko Kouda

幸田浩子|日本コロムビア

幸田浩子さん 出演情報】

東京二期会愛知県芸術劇場東京文化会館iichiko総合文化センター読売日本交響楽団名古屋フィルハーモニー交響楽団 共同制作
グラインドボーン音楽祭との提携公演》

リヒャルト・シュトラウス作曲『ばらの騎士

 

バロック・オペラ
ペルゴレージ作曲 歌劇『オリンピーアデ』(セミ・ステージ形式)