音楽家の素顔(ポートレイト)

音楽ライター室田尚子と写真家伊藤竜太が、毎回1組の日本人クラシック・アーティストにインタビュー。写真と文章で、その素顔に迫ります。

東京二期会『ばらの騎士』記者会見

 7月26日から開幕する東京二期会『ばらの騎士』、指揮のセバスティアン・ヴァイグレ氏と演出のリチャード・ジョーンズ氏の来日記者会見が行われました。このプロダクションは、2014年のイギリス・グラインドボーン音楽祭で初演されたもので、今回はいわばその「日本バージョン」。東京文化会館で4公演行われた後は、愛知県芸術劇場iichiko総合文化センターでも上演される予定。

 7月13日、都内某所の稽古場で行われた記者会見の模様をお届けします。

 

f:id:classicportrait:20170718160712j:plain

 

ばらの騎士』という作品について

  愛について、人生について、時間について、人間関係について語られている。つまり、オペラにあるべきものがすべて詰まった作品です。音楽的には、『サロメ』『エレクトラ』の後で書かれていますが、その2作がエッジの効いた先端的な作品だったのに対して、『ばら』は美しいメロディのつまった「コメディ」です。軽やかさと明晰さがこの作品の鍵なのです。

 また、ワルツがたくさん使われているところに注目してください。このオペラの時代設定である18世紀には、実はまだワルツは生まれていなかった。にもかかわらず、ウィーン風のワルツが大きな役割を果たしています。

 様々な感情を呼び覚ます、とても喜ばしい作品です。

 

今回のプロダクションについて

  『ばらの騎士』は大好きな作品で、何度も指揮してきていますが、すべて日本人の歌手によるプロダクションというのは私にとって特別なものです。しかも今回は、初めてその役を歌うという歌手もたくさんいます。今はみんなで、歌詞に込められた二重の意味を考え、最終的に到達すべき音楽性を目指して作品に立ち向かっているところです。

 

読売日本交響楽団について

  オペラ公演においては、良い歌手と良いオーケストラがいて、良いインタラクションがあるということがとても重要です。こうしてほしい、と言葉で指示することもできますが、ボディランゲージが大きい。その点、読売日本交響楽団はよく反応してくれるので、きっと素晴らしいパフォーマンスをお聴かせできると思います。

 

f:id:classicportrait:20170718160841j:plain

  • 演出 リチャード・ジョーンズ氏
  •   2015年に大英帝国勲章を受賞しているジョーンズ氏は、イギリスを代表する演劇・ミュージカル、そしてオペラの演出家。今回が初来日。

 

演出コンセプトについて

  私の基本的な演出のコンセプトは、「物語を語る」ことです。

 この作品は、第1幕、2幕、3幕でまったく別の世界が展開されます。第1幕は古き良きウィーンを象徴する伝統的な社会、第2幕はニュー・マネーが支配する新興貴族の裕福な社会、そして第3幕は少し不思議な、社会の辺境にある社会です。そのために、それぞれの幕ではまったく違った舞台装置を考えました。

 

ばらの騎士』という作品をどうとらえているか

  様々な文化的な要素が盛り込まれた、とても複雑で洗練されているのが『ばらの騎士』という作品です。最高級のオペラ、といってもいいでしょう。さらに素晴らしいのは、そのように複雑でありながら、初めてオペラを観に来た人も楽しめるというところです。音楽が美しくてテンポが早く進んでいく、そして最後に内省的なドキッとする瞬間が現れる。

 このオペラは最高級のコメディです。そこにはヨーロッパの他の様々な作家、例えばモリエールからの影響をみてとることができます。登場人物がバラエティに富んでいて、彼らはそれぞれいけない行動をしますが、それは決してバレてはいけないという状況が展開していきます。

 

初めて観る方へのアドバイス

 まずは何よりも音楽を楽しんでください。

 そして物語。登場人物が追いつめられて、なんとかその状況から抜けだそうとしているという状況がたくさん出てくるので、そうしたコミカルな場面をどうぞリラックスして楽しんでほしいと思います。

 面白おかしいのに、最後には胸を打たれる。まさに演劇的な作品です。音楽と、そしてそうしたドラマを楽しんでいただければ嬉しいです。

 

f:id:classicportrait:20170718162215j:plain

 

 私自身は、このオペラを「喜劇でありながら悲劇」という風にとらえていました。特に、ある時期から元帥夫人に自分を重ねて(彼女ほど美しくも高貴でもありませんが笑)、「女性が年を重ねていくということ」の悲しさが胸にキリキリと突き刺さってきて、特に第3幕ラストの元帥夫人・オクタヴィアン・ゾフィーの三重唱では涙を抑えることができません。この点についてジョーンズ氏に質問したところ、次のような答えが返ってきました。

 

 「非常に心を動かされるところはありますが、私自身は、このオペラはセンチメンタルな作品ではないと思っています。元帥夫人は30代前半、つまり年老いた女性、ではなく、これから年老いていくことを予感している女性です。そんな彼女はオクタヴィアンと別れたからといって、自分の愛の生活を捨てるつもりはない。つまり彼女は、今後も男性を愛し続けいくのです。」

 

 『ばらの騎士』を観終わったあと、何をどう感じるかはもちろん観客に任されているのですが、「ああ、面白かった」と思いながらも胸に無視できない痛みが残るような、そんな体験が今までは多かったように思います。でも、もしかしたらこの『ばら』は違うかもしれない、もっと新しい、もっとワクワクするような何かがみられるのでは…。ジョーンズ氏の答えに、公演を観るのがいっそう楽しみになりました。

 

 

東京二期会愛知県芸術劇場東京文化会館iichiko総合文化センター読売日本交響楽団名古屋フィルハーモニー交響楽団 共同制作
グラインドボーン音楽祭との提携公演》

リヒャルト・シュトラウス作曲『ばらの騎士

第1回 誰よりも真摯な「音楽の奉仕者」 幸田浩子さん(ソプラノ)

f:id:classicportrait:20170605171043j:plain「日本を代表するソプラノ」のひとり、幸田浩子さん。その名前は、クラシック・ファンはもちろんのこと、広くお茶の間でも知られている。それは幸田さんが、NHK-FM「気ままにクラシック」やBSフジ「レシピ・アン」などテレビやラジオに出演する機会が多いことも関係しているだろう。また、クラシックの歌手としては、CDのリリースも多く、彼女の人気の高さがうかがえる。

お客様に幸せな気持ちで帰っていただきたい

 幸田さんの歌声を聴いていると、優しく包み込まれるような気持ちになる、という人は多い。それは何より幸田さん自身が、「どうしたらお客様に喜んでもらえるか」ということを第一に考える歌手であるからだ。

「私はとても単純な舞台人なので、音楽が自分の体の中を通ってお客様に届いていく、それだけでもう幸せを感じます。だからお客様にも幸せになっていただきたい。オペラを観た方が今よりもっと心が柔らかくなるような、そんな気持ちになれる時間を作り出したいという思いが常にあります。」

 幸田さんが時々に口にするのは、「お客様が」という言葉だ。この舞台を観てお客様が何を感じるのか、どんな気持ちで劇場を後にするのか、そのことを考えない時はないという。

f:id:classicportrait:20170605171537j:plain

 「あるイタリア料理研究家の方のお料理をいただく機会があったんですが、一緒にテーブルを囲む方たちの心が柔らかくなりますように、幸せを届けられますように、と思いながら作る、とおっしゃるんです。ああ、舞台と同じだなって。何かを共有したいと思いながらつくりあげるものは、オペラでも料理でもみんな一緒なんだって感動しました。」

 クラシックの演奏会に行くとしばしば見かける光景だが、終演後(もしくは休憩時間)に、口角泡を飛ばしながらその演奏の出来不出来について議論する人たちがいる。「あのパッセージが巧かった」とか「あそこのテンポは納得できない」とか、とかくクラシックはそうした「批評」を語る方がよい、とされがちだ。だが幸田さんは、「あそこが良かった、より、大好きな人に大好きって伝えたい、って思えるような演奏をしたい」という。私も、そんな風に思える演奏に出会えた時ほど幸せな気持ちになれる時はないと思う。そして、そういう演奏はいつまでも心に残り続ける。

「オペラ歌手であること」の原点

 愚問だとわかってはいるものの、幸田さんに「なぜオペラ歌手になろうと思ったのか」という質問をぶつけてみた。

f:id:classicportrait:20170605172012j:plain

 「二十歳でイタリアに2週間ほど滞在した時、初めてオペラと日常生活がリンクしていることを感じたんです。例えば、駅でカップルがこの世の終わりみたいに熱烈なキスをしながら別れを惜しんでいる。離れ離れになってしまうのかしら、と思って見ていたら次の電車に普通に乗って、ただ家に帰るだけだったのねって。あるいは、教会でマリア様に真剣にお祈りを捧げている人がたくさんいる。そんなふうに、舞台の上にしかないと思っていたものは、すべてイタリアの日常生活の中に溢れていることに気づきました。今、自分がなぜオペラ歌手をやっているのか、と考えると、その時の新鮮な気づきがあったからだと言えます。」

「すべては人の営みの中にある」と気づいた幸田さんは、それから、自分も舞台の上で「生きれば」いいのだ、と悟ったのだという。

 オペラは超現実的な、自分たちの生活とはかけ離れたおとぎ話ではない。確かに、日常生活とオペラでは細かい作法などに違いはあるが、その「根っこ」は結局「人の営み」なのだ。幸田さんの舞台を観ると、いつも「自分にあった役を選んでいるな」と感じるのだが、実はそれは彼女がその役を自然に「生きて」いるからに他ならない。

オペラをもっと愛してもらうために

f:id:classicportrait:20170605171305j:plain

 イタリアでローマ歌劇場ベッリーニ大劇場などに出演、その後ウィーン・フォルクスオーパー専属歌手としてウィーンに住んでいた幸田さん。本場ヨーロッパと日本では、オペラを取り巻く環境が違うことを指摘する。

「ウィーンでもローマでも、街を歩けばポスターが貼ってあり、毎日どこかでオペラをやっている。“今日暇だから、じゃあオペラでも観に行こうか”っていえる環境がある。でも日本だと、チケット代も高いですし、上演回数も多くない。まだまだオペラが身近ではないですよね。」
「だからこそ」と幸田さんは続ける。

「最初の入り口として、素直な解釈のトラディショナルなプロダクションをもっと上演する必要があるのではないでしょうか。ウィーンやベルリンなら、ここは伝統的な演目を上演する劇場、ここは前衛的な劇場、と、ある程度住み分けができている。でも日本はそうではありません。まずは、トラディショナルなものがいつでも観られる、という状況を作り、その上で実験的なもの、前衛的なものにという順番であるべきだと思うんです。」

 こうした幸田さんの意見を「保守的」だと考える人もいるかもしれない。しかし、数々の舞台に出演してきたからこそ、誰よりも受け手の反応を肌身に感じている幸田さんのこの言葉には、真摯に耳を傾けたい。何より「お客様が幸せな気持ちになってもらえるように」というのが彼女の原点なのだ。

「“オペラってこんなに素敵だったの”と素直に感動できるような作品ならば、私自身、責任を持って発信できるのです」という一言に、プロの舞台人としての自負と自信を感じた。

音楽の奉仕者 

 実は私自身の幸田さんの第一印象は、「美しい声と美しい容姿の持ち主」。初めてお会いした時には、まるで物語のお姫様がそのまま舞台から降りてきたように思えた。しかし、お仕事をご一緒するうちにわかってきたのは、彼女の中にある、愚直なまでの「音楽への愛」だ。

f:id:classicportrait:20170707221203j:plain

 オペラというのは、舞台上にいる歌手と、そして舞台の外側にいる実に多くの人たちの仕事がひとつになって出来上がっている。指揮者、オーケストラは言うに及ばず、装置を作る人、衣裳を作る人、字幕、照明、など、それぞれのジャンルのプロが集まって作り上げる「総合芸術」なのだ。「歌い手は、関わっているすべての人の“思い”を背負って舞台に立つんです」という幸田さん。「怖くないですか」とたずねると、こんな答えが返ってきた。

「それぞれのプロが、舞台のために周到に準備をしているところを目の当たりにすると、やはりみんな心の中に音楽への愛があるんだな、と感じます。その思いを伝えるのが、私の役目なんです。」

 作り手の思いと受け手の思いを繋ぐ人。そして音楽を心から愛し、音楽で人を幸せにしたいと願う人。幸田浩子は、実は誰よりも真摯な「音楽への奉仕者」なのである。

f:id:classicportrait:20170605172753j:plain

 

幸田浩子(こうだひろこ) Hiroko Kouda

幸田浩子|日本コロムビア

幸田浩子さん 出演情報】

東京二期会愛知県芸術劇場東京文化会館iichiko総合文化センター読売日本交響楽団名古屋フィルハーモニー交響楽団 共同制作
グラインドボーン音楽祭との提携公演》

リヒャルト・シュトラウス作曲『ばらの騎士

 

バロック・オペラ
ペルゴレージ作曲 歌劇『オリンピーアデ』(セミ・ステージ形式)