音楽家の素顔(ポートレイト)

音楽ライター室田尚子と写真家伊藤竜太が、毎回1組の日本人クラシック・アーティストにインタビュー。写真と文章で、その素顔に迫ります。

新国立劇場2018/19シーズンラインアップ説明会

 新国立劇場の次のシーズンのラインアップを、オペラ・舞踊・演劇それぞれの芸術監督が説明する会見は、140人あまりの出席者を数えるたいへん盛大なものでした。オペラに大野和士、演劇に小川絵梨子という2人の新しい芸術監督が登場することも、盛況の理由だったかもしれません。

 オペラの2018/19シーズンラインアップ詳細はこちら

 ここでは、大野和士次期オペラ芸術監督のお話をまとめて報告したいと思います。

 

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大野和士次期オペラ芸術監督

 

 大野次期監督は5つの目標を掲げました。

1)レパートリーの拡充

 現在、1シーズンに上演される演目は10あり、そのうち新演出は3演目だが、それを4演目に増やす。新国立劇場はこれまで20世紀作品などを積極的に取り上げてきたが、そのほとんどがレンタルなので再演ができず、劇場の財産にならなかった。そこで、これからは、まず新国立劇場世界初演を行い、それを海外へ持っていくというスタイルを常態化させたい。また、海外で上演されているプロダクションを導入するにあたっては、上演権を買い取って、好きな時に再演できるようなシステムを作りたい。

 

2)日本人作曲家委嘱作品シリーズの開始

 1シーズンおきに、日本人作曲家に委嘱した作品を上演する。音楽劇の本質は、ある時間の中で様々な人間の感情が重層的に錯綜していくということ。これまでの日本のオペラ作品にはなかった、重唱によってオペラティックな展開を見せるような作品を作りたい。そのためには、作曲家・台本作家・演出家・芸術監督が綿密に協議を重ねていくことが必要。こうした新しい日本のオペラを世界に発信していきたい。

 

3)ダブルビルとバロック・オペラの新制作を1年おきに上演する

 1幕もののオペラを2作上演するというダブルビルは一粒で2度美味しい。18/19シーズンはツェムリンスキー『フィレンツェの悲劇』とプッチーニ『ジャンニ・スキッキ』を上演。バロック・オペラのピットには東フィルと東響を考えている。

 

4)旬の演出家・歌手の起用

 例えば、18/19シーズン『魔笛』で招聘するウィリアム・ケントリッジは独特のポエティックな舞台を創り出す新時代の演出家。そうした新しい時代を代表する演出家を積極的に招聘していく。また、海外から招聘する歌手に加え、重要な役で日本人歌手を起用する。誇るべきレベルにある日本人歌手を起用することは新国立劇場の重要な使命だと考える。

 

5)積極的な他劇場とのコラボレーション

 海外の劇場だけでなく、日本にある様々な劇場ともコラボレーションをしていく。手始めに、2020年東京オリンピックパラリンピックに向けた「オペラ夏の祭典」では東京文化会館びわ湖ホール・札幌文化芸術劇場との連携を行う。

 

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 大野次期監督のお話の中で、特に印象に残ったのは、日本人歌手を積極的に起用していく、ということでした。ずっと私は、新「国立」劇場なのに、重要な役はすべて外国人で、日本人歌手が(言葉は悪いですが)チョイ役しか与えられないことに不満を感じていました。素晴らしい実力のある歌手を海外から招聘することができるのも「国立」ならではだと思いますが、日本人歌手の成長を手助けするという意味でも、もう少し板の上に乗るチャンスを与えてもいいのではないか、と思っていました(もちろん、きちんとオーディションを行うなどしてレベルを確保することは大前提ですが)。なので、「重要な役で」日本人歌手を起用するのは大賛成です。

 この件に限らず、大野さんの言葉からは、「日本のオペラの新時代をつくる」という情熱と責任が大いに感じられたのが特徴的でした。世界の歌劇場でタクトを振る大野さんだからこそ、世界の中での日本のオペラ界の位置というものを肌感覚でとらえているのでしょう。オペラは「人間がいかに生きていくかという哲学」を表現する芸術だ、という大野さんは、「この国が今おかれている状況を考えても、この課題に日本は取り組むべきだし、また私の年齢はそれに取り組むことができる最後のチャンスだと思う」と語りました。今年58歳を迎える大野さんが新国立劇場の芸術監督というポストを引き受けられた一番の理由がここにある、と感じました。

 

 「新しい日本のオペラをつくり、世界に発信していく」という壮大な目標の第一歩として、まず次シーズンに上演されるのが、石川淳の原作による『紫苑物語』。平安時代を舞台に、歌の名家に生まれた宗頼という男性を主人公に、狐の化身である女性・千草との愛や、瓜二つの姿を持った仏師の平太との出会いを通して、芸術の永遠性や人間の我執を描く幻想的な物語です。大野さんは、西村朗に作曲を、佐々木幹郎に台本を依頼。そして演出は、現在日本人オペラ演出家として世界的に名高い笈田ヨシを迎えることが決まっています。

 確かに、壮大でありながら人間の本質に迫るドラマが生み出される予感がしますが、個人的には一点、どうしても気になることがありました。それはこの、いわば「大野新体制」を象徴する作品の原作、作曲、台本、演出、美術、衣裳、照明、監修、そして主役(いうまでもなく指揮も)すべてが男性であるこということです。むろん、芸術の才能に男女の別はありません。ありませんが、「世界に発信する新しい日本のオペラ」を創り上げるグループがすべて男性で占められているという状況は、なんとも歯がゆいというか、モヤモヤしてしまいます。それは図らずも、ジェンダーギャップ指数が世界114位という現在の日本社会の見事な反映になってしまってはいないでしょうか。大野次期監督には、ぜひ、「オペラにおける男性と女性」というテーマにも目を向けてもらえたら、と思います。

 それはともかくとして、これまでにない新しい光を感じたラインアップ説明会だったことは間違いありません。次のシーズンを楽しみに待ちたいと思います。

 

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左から 小川絵梨子次期演劇芸術監督、大野和士次期オペラ芸術監督、大原永子舞踊芸術監督

 

2018年1月11日、新国立劇場にて。