21世紀の「ヤマカズ」
かつては指揮者「ヤマカズ」といえば「故・山田一雄」のことだったが、2017年現在の日本では、ほぼ100パーセント「山田和樹」を指す。それは、偶然にも名前が似ていただけでなく、山田和樹さんがその愛称で知られる偉大なる先輩指揮者に勝るとも劣らない優れた資質を持ち、八面六臂の活躍を繰り広げているからに他ならない。例えば2015年〜17年にかけて日本フィルと行った「山田和樹マーラー・ツィクルス」や、2016年「柴田南雄生誕100 年・没後20年 記念演奏会」などは、芸術選奨文部科学大臣新人賞、文化庁芸術祭大賞を受賞し大きな話題となった。特に後者は、「重要だし、誰かがやらなければいけないけれど、なかなか実現できそうにない」企画の最たるものだったと思われる。そう、ここ数年、「今、これをやるのか!」と周囲を唸らせるような企画に「ヤマカズ」は積極的にコミットしているのだ。
「僕がやらなきゃやる人がいない、というお節介的使命感があるんです(笑) 真面目な話、35歳を過ぎたときに自分の“限界”を意識するようになりました。仮に80歳まで生きたとしても指揮したい曲を全部は指揮できない。ならば、最高のオリジナリティは『自分にしかできないこと』と、『他の人がやらないこと』をやることだと。それが最終的には“やりたいこと”になるんですけれどね。」
そんな山田さんがこのたび立ち上げたのが、音楽監督兼理事長を務める東京混声合唱団(以下、東混)、正指揮者を務める日本フィルハーモニー交響楽団(以下、日本フィル)とスタートさせた「山田和樹アンセム・プロジェクト」である。またニッチなところを…と唸った人も多いのではないか。
「東混は1956年に、“合唱作品の開拓と普及”ということを掲げて東京藝術大学声楽科の卒業生によって創設されたプロの合唱団です。その開拓者精神、フロンティア・スピリットにもう一度立ち返ろう、ということで考えたのが『アンセム・プロジェクト』なんです。具体的には、各国の国歌と、“第二の国歌”と呼ばれるような愛唱歌を中心に演奏・録音していくもの。誰もやったことがないものと誰もが知っているもの、その両方をプロのクオリティで表現してくことが目標です。」
第一弾として、11/22にキングレコードから「山田和樹のアンセム・プロジェクト Road to 2020」と題する2枚組CDをリリース。さらに同名のコンサートが、東京混声合唱団とともに2018年2月20日に東京オペラシティ・コンサートホールで開催される。
「次のCDでは、合唱作品で人気・実力ともにナンバーワンの作曲家・信長貴富さんにメドレー作品を作っていただくことが決まっています。最終的には5〜6枚のCDをリリースしたいと思っています。このプロジェクトが完遂した暁には、東混は世界で一番色々な言語に精通した合唱団になります。合唱の世界で“東京に東混あり”と言われるようになりたい。そのためにも、2020年の東京オリンピック・パラリンピックまで継続的に盛り上げていくつもりです。」
オペラ指揮者としての素質
現在、日本では東混の他、日本フィルハーモニー交響楽団正指揮者、横浜シンフォニエッタ音楽監督というポストに就き、さらに2018年4月からは読売日本交響楽団の首席客演指揮者に就任することが決まっている山田さん。やはり彼の軸足はオーケストラの世界にあるのだろうか。私には、オペラ指揮者としてもっと本格的に活動してくれないかという切なる希望があったので、そのことを素直にぶつけてみた。
「オペラはできる限り指揮したいと思っています。1年に1作を目指して取り組んでいきたいです。」
これまでに彼が指揮したオペラ(藤原歌劇団『カルメン』、日生劇場『ルサルカ』、そして厳密にはオペラではないが2012年サントリーホールでのクセナキス『オレステイア三部作』など)を観たところ、情熱的なところとクールなところとのバランス感覚が抜群だと感じているのだが。
「自分では特にバランスということは考えてはいませんが…そう、最近は演奏家にどう伝えるのか、ということを考えていますね。自分が自然な呼吸をしているときに、オーケストラは自然な音を出してくれる。しかし、オペラにとってはそれがマイナスな時もある。そういう時はあえてテンションを与えなければいけない。ただし、作戦を練ってもそう上手くいくものでもないですし。」
驚いたことに、彼はリハーサルでもあまりプランニングはしないそうだ。特に本番は、その場その場で変わるもの。「こうしよう」と決めてしまうと、その変わった瞬間の呼吸をつかまえることができなくなってしまうのだという。
「“今ならいける!”という瞬間をつかめるかどうか。究極、指揮者というのはその嗅覚なんだと思います。もちろん、それをキャッチするためには常にアンテナを立てていなければならないですけれど。僕はカラヤンが大好きなんですが、彼はそのことを『鳥の群れが空を飛んでいる。それを操るのが指揮者の仕事』と言っています。カラヤンはそれが抜群にうまかった。そういう指揮者に憧れるんです。」
指揮者には色々なタイプがいて、情熱でグイグイ引っ張っていくような人もいれば、緻密に計算していく人もいる。作品にもよるが、私が「いいな」と感じるオペラの多くは、その中間にいるような「バランスの優れた」指揮者の演奏であることが多い(そして私もカラヤンが大好きである)。山田和樹がその「キャッチする力」を発揮したとき、音楽はこの上なく光り、そして動く。その瞬間が生まれるためには、優れた演出家と組むことも必須だろう。
「一度幕が上がってしまえば、その空間を操るのは僕。これは麻薬的な魅力があると同時に、恐ろしいことでもあります。」
音楽が好きで、「声楽家かピアニストになりたかった」という山田さん。でも、やはり彼の話を聞いていると、いかにも「指揮者メンタリティ」だなあと思う。「ヤマカズだけじゃダメ。もっと若い人がどんどん出てきてくれないと」とも語っていたが、そのメンタリティとバイタリティがある限り、まだまだ「ヤマカズ」の天下は続きそうだ。
山田和樹(やまだ かずき) Kazuki Yamada
2009年第51回ブザンソン国際指揮者コンクールで優勝。ほどなくBBC交響楽団を指揮してヨーロッパ・デビュー。同年、ミシェル・プラッソンの代役でパリ管弦楽団を指揮して以来、破竹の勢いで活躍の場を広げている。
2016/2017シーズンから、モンテカルロ・フィルハーモニー管弦楽団芸術監督兼音楽監督に就任。スイス・ロマンド管弦楽団首席客演指揮者、日本フィルハーモニー交響楽団正指揮者、東京混声合唱団音楽監督兼理事長、横浜シンフォニエッタ音楽監督などを務めている。2016年には、実行委員会代表を務めた「柴田南雄生誕100 年・没後20年 記念演奏会」が平成28年度文化庁芸術祭大賞、2017年には『山田和樹マーラー・ツィクルス』などの成果に対して、第67回芸術選奨文部科学大臣新人賞を受賞を受賞。
これまでに、ドレスデン国立歌劇場管、パリ管、フィルハーモニア管、ベルリン放送響、バーミンガム市響、サンクトペテルブルグ・フィル、チェコ・フィル、ストラスブール・フィル、エーテボリ響、ユタ交響楽団など各地の主要オーケストラでの客演を重ねている。
東京藝術大学指揮科で小林研一郎・松尾葉子の両氏に師事。メディアへの出演も多く、音楽を広く深く愉しもうとする姿勢は多くの共感を集めている。ベルリン在住。
【山田和樹さん 出演情報】
問い合わせ:東京コンサーツ 03-3200-9755
◇1月27日(土)13:30 静岡市民文化会館 大ホール
山田和樹指揮 ドヴォルザーク作曲 オペラ「ルサルカ」
問い合わせ:静岡市民文化会館 054-251-3751
問い合わせ:フィリアホールチケットセンター 045-982-9999