音楽家の素顔(ポートレイト)

音楽ライター室田尚子と写真家伊藤竜太が、毎回1組の日本人クラシック・アーティストにインタビュー。写真と文章で、その素顔に迫ります。

東京芸術劇場シアターオペラvol.11『トスカ』 演出の映画監督・河瀨直美さんに聞く

 全国5都市(新潟・東京・金沢・魚津・沖縄)で上演される全国共同制作プロジェクト、プッチーニの歌劇『トスカ』。これが初めてのオペラ演出になる映画監督の河瀨直美さんに、翌日は東京芸術劇場での初日というタイミングでお話を伺うことができた。

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10月15日に新潟で幕が上がったわけですが、現在のお気持ちをお聞かせください。

 初めて自分が手がけたオペラがかたちになったのを観て、今は新鮮な感動でいっぱいです。

 実は特に注意を払ったのが字幕なんです。映画を海外で上演する時に感じているのは、字幕の大切さです。言葉が通じなければ何もわかりませんから。かといって、文字が多すぎても舞台の上の表現に集中できない。『トスカ』は200年前のイタリア語ですから比喩がとても多くて、今の私たちにとってはそのまま訳したのではわかりにくい。なので、字幕の方とディスカッションしながら、できるだけシンプルでわかりやすい表現を探しました。

 

「舞台は古代日本を想定させる“牢魔”」という演出プランはどこから着想されたのでしょうか。

 時代と場所を特定しないことで、観にいらしたお客様が舞台上の人たちと同じ地平で出会うことができる。そのことで、本来プッチーニが表現したかったものに近づくことができたのではないかと思っています。

 私は2人の男性の登場人物のうち、カヴァラドッシよりもスカルピアに感情移入できるんです。スカルピアは悪役ですが、ただの悪い人間ではない。男性ならたいていの人が心のそこに持っている欲望や上昇志向をキャラクターにしたもの。ですから、自分とは全然関係のない人、ではなく、誰しもが持っている憎悪や激しい感情を表現しているのではないでしょうか。プッチーニは、社会の中に存在している人間の本質というものを、この『トスカ』というオペラで描きたかったのだと思いました。

 

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オペラではスカルピアだけでなく、最後にはカヴァラドッシもトスカも死んでしまうという悲劇的な結末を迎えます。

 3人はそれぞれの生を私たちに見せてくれます。スカルピアは先ほど言ったように、人間の本質的な感情を。トスカは清らかな愛と信仰に生きるという魂のあり方を。そしてカヴァラドッシは命をかけて友人をかくまい、自らを犠牲にするという潔さです。そうした3人の生を私たちが見たとき、そこに「力」を感じるのです。それは悲劇のドラマの中にさしている「希望」でもあります。

 これは日本人ならではの考え方かもしれませんが、人間の命は死んで終わりではなく、輪廻転生がある。今この時代の生を全うした後でも、思いは次の世代に繋がっていく。ひとりの人生としては死は終わりですが、そこから始まる何かがあって、それを観客が受け取って今の生にいかしていくことができるという「希望」を、この物語から受け取っていただければと思います。

 

今回の登場人物について、もう少し詳しく教えていただけますか。

 トスカは「トス香」、カヴァラドッシは「カバラ導師・万里生」で、彼らは古代のシャーマンです。これに対してスカルピアは「須賀ルピオ」という新しい勢力を代表する人物。どちらが悪いということではなく、価値観の違いが表現されていきます。

 トス香の信仰は、ここでは自然信仰です。古来日本では自然には神がいて、災害は神の怒りだと考えられてきました。けれども現代では、人間が自然をコントロールしながら快適さだけを求めてきたために、地球そのものが疲弊し危機に瀕しています。そうした私自身の表現者としての問題意識も盛り込まれています。

 

監督ご自身が手がけられた映像も大きな注目の的ですが。

 映像には各幕ごとにテーマがあります。第1幕は大地、第2幕は深海、そして第3幕は再び大地に戻ってきますが、特に夜明けを表現しました。時間の移り変わりを追いながら、太陽や雲の流れをつくっていきました。

 映像が映し出されるスクリーンは、それ自体が人物が出入りする玄関になっています。そこに表れる光と影に注目していただければと思います。

 

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10月26日東京公演ゲネプロより

オペラ演出についてはどんな感想を持たれましたでしょうか。

 映画もそうですが、私は大勢の人たちがひとつになってものを作り上げていくことが大好きなんです。映画の時は作品に入り込んで、俳優たちともディスカッションを重ねていきます。今回もその手法を取り入れましたが、もし機会があれば、次のオペラ演出ではもっともっと時間をかけてひとつの作品を練り上げていきたいと思います。

 今回ご一緒したソリストの方たちは、皆さん、日本のこれからを担っていくような才能の持ち主です。日本のオペラ界を支えていく若手がどうやったらもっと世界にアピールしていけるか、ということを考えていきたいです。実は、映画の世界も同じ課題を抱えています。世界のトップの人たちと並んで表現していけるようなものを、映画でもオペラでも目指していけたらと思っています。

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河瀨直美(かわせ なおみ) Naomi Kawase

映画作家

生まれ育った奈良で映画を創り続ける

1989年 大阪写真専門学校(現ビジュアルアーツ専門学校)映画科卒業

1995年 自主映画『につつまれて』、『かたつもり』が、山形国際ドキュメンタリー映画祭をはじめ、国内外で注目を集める

1997年 劇場映画デビュー作『萌の朱雀』でカンヌ映画祭カメラドール(新人監督賞)を史上最年少受賞

2007年 『殯の森』で、カンヌ映画祭グランプリ(審査員特別大賞)を受賞

2009年 カンヌ映画祭に貢献した監督に贈られる「黄金きん の馬車賞」を受賞

2013年 カンヌ映画祭コンペティション部門の審査委員に就任

2015年 フランス芸術文化勲章シュヴァリエ」を叙勲

『あん』が国内外で大ヒットを記録

2016年 カンヌ映画祭シネフォンダシオン・短編部門の審査委員長に就任

2017年 『光』がカンヌ国際映画祭 エキュメニカル賞を受賞

オペラ『トスカ』を初演出

2018年 最新作『Vision』(ジュリエット・ビノシュ主演)公開

11月23日よりパリ・ポンピドゥセンターにて大々的な「河瀨直美展」が6週間にわたり開催される

映画監督の他、CM演出、エッセイ執筆などジャンルにこだわらず表現活動を続け、

故郷の奈良において「なら国際映画祭」をオーガナイズしながら次世代の育成にも力を入れている。

公式サイト www.kawasenaomi.com

公式ツイッターアカウント @KawaseNAOMI

 

 

東京芸術劇場シアターオペラvol.11 全国共同制作プロジェクト

プッチーニ/歌劇『トスカ』《新演出》 全3幕 日本語字幕付 イタリア語上演

2017年10月27日(金)18:30開演/29日(日)14:00開演

東京芸術劇場 コンサートホール

 

演出:河瀨直美

指揮:広上淳一

 

チケット料金(全席指定・税込)※当日券あり

S席10,000円 A席8,000円 B席6,000円 C席4,000円

D席3,000円(完売) E席1,500円(完売) SS席12,000円(完売)

 

チケット取り扱い

東京芸術劇場ボックスオフィス

0570-010-296(休館日を除く10:00~19:00)

 

主催:東京芸術劇場 (公益財団法人東京都歴史文化財団

 

【全国5都市公演】

新潟公演 10月15日(日)※終了

金沢公演 118日(水)19:00開演 金沢歌劇座
魚津公演 1112日(日)14:00開演 新川文化ホール
沖縄公演 127日(木)19:00開演 沖縄コンベンションセンター