音楽家の素顔(ポートレイト)

音楽ライター室田尚子と写真家伊藤竜太が、毎回1組の日本人クラシック・アーティストにインタビュー。写真と文章で、その素顔に迫ります。

東京二期会『ばらの騎士』記者会見

 7月26日から開幕する東京二期会『ばらの騎士』、指揮のセバスティアン・ヴァイグレ氏と演出のリチャード・ジョーンズ氏の来日記者会見が行われました。このプロダクションは、2014年のイギリス・グラインドボーン音楽祭で初演されたもので、今回はいわばその「日本バージョン」。東京文化会館で4公演行われた後は、愛知県芸術劇場iichiko総合文化センターでも上演される予定。

 7月13日、都内某所の稽古場で行われた記者会見の模様をお届けします。

 

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ばらの騎士』という作品について

  愛について、人生について、時間について、人間関係について語られている。つまり、オペラにあるべきものがすべて詰まった作品です。音楽的には、『サロメ』『エレクトラ』の後で書かれていますが、その2作がエッジの効いた先端的な作品だったのに対して、『ばら』は美しいメロディのつまった「コメディ」です。軽やかさと明晰さがこの作品の鍵なのです。

 また、ワルツがたくさん使われているところに注目してください。このオペラの時代設定である18世紀には、実はまだワルツは生まれていなかった。にもかかわらず、ウィーン風のワルツが大きな役割を果たしています。

 様々な感情を呼び覚ます、とても喜ばしい作品です。

 

今回のプロダクションについて

  『ばらの騎士』は大好きな作品で、何度も指揮してきていますが、すべて日本人の歌手によるプロダクションというのは私にとって特別なものです。しかも今回は、初めてその役を歌うという歌手もたくさんいます。今はみんなで、歌詞に込められた二重の意味を考え、最終的に到達すべき音楽性を目指して作品に立ち向かっているところです。

 

読売日本交響楽団について

  オペラ公演においては、良い歌手と良いオーケストラがいて、良いインタラクションがあるということがとても重要です。こうしてほしい、と言葉で指示することもできますが、ボディランゲージが大きい。その点、読売日本交響楽団はよく反応してくれるので、きっと素晴らしいパフォーマンスをお聴かせできると思います。

 

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  • 演出 リチャード・ジョーンズ氏
  •   2015年に大英帝国勲章を受賞しているジョーンズ氏は、イギリスを代表する演劇・ミュージカル、そしてオペラの演出家。今回が初来日。

 

演出コンセプトについて

  私の基本的な演出のコンセプトは、「物語を語る」ことです。

 この作品は、第1幕、2幕、3幕でまったく別の世界が展開されます。第1幕は古き良きウィーンを象徴する伝統的な社会、第2幕はニュー・マネーが支配する新興貴族の裕福な社会、そして第3幕は少し不思議な、社会の辺境にある社会です。そのために、それぞれの幕ではまったく違った舞台装置を考えました。

 

ばらの騎士』という作品をどうとらえているか

  様々な文化的な要素が盛り込まれた、とても複雑で洗練されているのが『ばらの騎士』という作品です。最高級のオペラ、といってもいいでしょう。さらに素晴らしいのは、そのように複雑でありながら、初めてオペラを観に来た人も楽しめるというところです。音楽が美しくてテンポが早く進んでいく、そして最後に内省的なドキッとする瞬間が現れる。

 このオペラは最高級のコメディです。そこにはヨーロッパの他の様々な作家、例えばモリエールからの影響をみてとることができます。登場人物がバラエティに富んでいて、彼らはそれぞれいけない行動をしますが、それは決してバレてはいけないという状況が展開していきます。

 

初めて観る方へのアドバイス

 まずは何よりも音楽を楽しんでください。

 そして物語。登場人物が追いつめられて、なんとかその状況から抜けだそうとしているという状況がたくさん出てくるので、そうしたコミカルな場面をどうぞリラックスして楽しんでほしいと思います。

 面白おかしいのに、最後には胸を打たれる。まさに演劇的な作品です。音楽と、そしてそうしたドラマを楽しんでいただければ嬉しいです。

 

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 私自身は、このオペラを「喜劇でありながら悲劇」という風にとらえていました。特に、ある時期から元帥夫人に自分を重ねて(彼女ほど美しくも高貴でもありませんが笑)、「女性が年を重ねていくということ」の悲しさが胸にキリキリと突き刺さってきて、特に第3幕ラストの元帥夫人・オクタヴィアン・ゾフィーの三重唱では涙を抑えることができません。この点についてジョーンズ氏に質問したところ、次のような答えが返ってきました。

 

 「非常に心を動かされるところはありますが、私自身は、このオペラはセンチメンタルな作品ではないと思っています。元帥夫人は30代前半、つまり年老いた女性、ではなく、これから年老いていくことを予感している女性です。そんな彼女はオクタヴィアンと別れたからといって、自分の愛の生活を捨てるつもりはない。つまり彼女は、今後も男性を愛し続けいくのです。」

 

 『ばらの騎士』を観終わったあと、何をどう感じるかはもちろん観客に任されているのですが、「ああ、面白かった」と思いながらも胸に無視できない痛みが残るような、そんな体験が今までは多かったように思います。でも、もしかしたらこの『ばら』は違うかもしれない、もっと新しい、もっとワクワクするような何かがみられるのでは…。ジョーンズ氏の答えに、公演を観るのがいっそう楽しみになりました。

 

 

東京二期会愛知県芸術劇場東京文化会館iichiko総合文化センター読売日本交響楽団名古屋フィルハーモニー交響楽団 共同制作
グラインドボーン音楽祭との提携公演》

リヒャルト・シュトラウス作曲『ばらの騎士