ここ数年、日本のテノールの中では目が離せない活躍をみせる西村悟(さとし)さんが、この10月に東京オペラシティ コンサートホールで初のオーケストラ伴奏によるソロ・リサイタルを開く。35歳、歌手としては「若手」の彼が語るオペラへの思い、とは。
オーケストラとともに歌うリサイタル
「今回のリサイタルは、平成25年に五島記念文化賞オペラ部門オペラ新人賞をいただいて、1年間のイタリア研修の成果を披露するものです。なので、プログラムは全部“勝負曲”。これまでコンクールやオーディションで歌ってきた、思い出も思い入れもあるものばかりになりました。」
プログラムにはドニゼッティ『愛の妙薬』、ヴェルディ『マクベス』、プッチーニ『ラ・ボエーム』など、ベルカントからヴェリズモまで、イタリア・オペラの名アリアがずらり。なるほど、これは「最初から最後までクライマックス」である。しかもバックには、山田和樹指揮日本フィルハーモニー交響楽団が控える。通常、この手のリサイタルではピアノ伴奏のことが多いが、今回、西村さんは敢えてオーケストラにこだわったという。
「実は僕は、ずっと声量がないのがコンプレックスでした。だから、イタリア研修のテーマに、“オーケストラの響きに負けない声をつくること”を掲げました。その成果をおみせするためには、どうしてもオーケストラ伴奏にすることが必要だったんです。」
そこには、イタリアで十分に研修を積んだという自信が垣間見えるが、さらに彼を後押しした存在がいる。
「山田和樹さんが『僕、振るよ』とおっしゃってくださったのが大きかったですね。山田さんとは、2014年にスイス・ロマンド管弦楽団とメンデルスゾーンの交響曲『讃歌』を演奏される時にお声をかけていただいたのが最初の出会いです。それから何回か僕を指名してくださって。そのうち山田さんが『指揮者にとってシンフォニーとオペラは車の両輪なので、これからはオペラもどんどん指揮していきたい』とおっしゃっているということをうかがい、それでは、と今回のリサイタルのご相談をしたんです。そうしたら『ぜひ』と言ってくださった。それで僕も踏ん切りがつきました。」
山田和樹さんも、現在、破竹の勢いで活躍の場を広げている指揮者である。今年(2017年)2月に藤原歌劇団の『カルメン』を振って本格的なオペラ・デビューを果たしたのは記憶に新しいところ。ところで、山田さんは西村さんの3歳上、今年38歳になる。30代、クラシック音楽界では「若い世代」のふたりがこうして舞台の上で共演するというのは、何か大きな時代の変化を感じさせる出来事ではないだろうか。
同世代、ということでいえば、今年5月、西村さんが急遽代役でローゲを歌った日フィルのワーグナー『ラインの黄金』を指揮したピエタリ・インキネンは、西村さんと同い年だそうだ。
「僕たち若い世代が、今オペラ界を牽引されている先輩方の間に割って入っていくようにならないと、オペラという文化は発展していかないと思います。そのためにも、もっともっと力をつけなきゃならない。これからは、もっと色々な役にも挑戦していきたいです。」
オペラ歌手として生きていきたい
高校時代までバスケット選手を目指していたという西村さんは、体格にも恵まれており、舞台に上るとひときわ目をひく存在。ご本人も、「舞台に立つ」ことが楽しくて仕方ないようだ。
「体を使って表現することが大好きなんです。だから歌と演技の両方を磨いていきたい。劇場にいらしたお客様が、耳で聴いて、目で見て感じるもの。それがオペラですよね。たとえ言葉がわからなくても伝わってくるようなパフォーマンスができるようになることが僕の理想です。」
そんな西村さんが将来演じてみたい役は?
「いちばん興味がある演目は『ローエングリン』です。ただ、今の僕の声にはまだ早いですね。もうすこし時間が欲しい。」
今回のリサイタルの演目をみてもわかる通り、西村さんはずっとイタリア・オペラ、それもベルカントなど軽い声の役柄にこだわってきた。しかし2年前にその考え方を変えるような経験をしたという。
「2015年にインキネン指揮の日フィルからマーラーの『大地の歌』のオファーをいただいたんです。それまでドイツ語の曲なんて『第九』ぐらいしか歌ったことがなかったので、とても苦労しました。でも、『自分の声でやってみればいい』と吹っ切れた瞬間があったんですね。まず、自分が持っている力で歌ってみて、その結果を評するのはお客様であり、共演者だと。幸い、公演は良い評価をいただいて、そこから僕の中で歌に対する姿勢が変わったと思います。」
自分の中のこだわりを守ることも大切だが、しかし「できない」と断っていてはいつまでもゼロのままだ。そのことに気づいたとき、オペラ歌手西村悟は大きく成長したのだろう。実際、今年、びわ湖プロデュース・オペラ『ラインの黄金』で歌ったローゲ役は絶賛を浴び、それが先ほども触れたインキネン指揮の日フィル公演での代役へと繋がった。
「日本人がオペラ歌手として生きていくためには、『これだけしかやらない』ということではチャンスが広がらない。これから世界に挑戦するためには、いろいろな言語で多種多様な役をやらないと生き残っていけないと思います。」
「世界」という言葉がなんのてらいもなくスッと出てくるところにも、新しい世代の風を感じずにはいられない。新時代のスター、西村悟。この先どんな広い海へと乗り出していくのか、本当に楽しみでならない。
西村 悟(にしむら さとし) Satoshi Nishimura
- 日本大学芸術学部音楽学科卒業、東京藝術大学大学院オペラ科修了。
- 声楽を丹羽勝海、川上洋司、Yoko Takedaの各氏に師事。
- 第36回イタリア声楽コンコルソ・ミラノ部門にて大賞(1位)を受賞。ボローニャ国立音楽院、また文化庁新進芸術家海外派遣員としてヴェローナに留学。2011年、イタリアで若手の登竜門として知られる第17回リッカルド・ザンドナーイ国際声楽コンクールにて第2位、並びに審査委員長特別賞を受賞。
- 第80回日本音楽コンクールにて第1位、並びに聴衆賞を受賞。以後、大野和士指揮水戸室内管弦楽団とブリテンの「ノクターン」、山田和樹指揮スイス・ロマンド管弦楽団とメンデルスゾーンの交響曲「讃歌」、佐渡裕指揮ケルン放送交響楽団と「第九」、インキネン指揮日本フィルハーモニー交響楽団とのマーラー「大地の歌」、小林研一郎指揮名古屋フィルハーモニー管弦楽団とヴェルディ「レクイエム」、高関健指揮東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団とベルリオーズ「ファウストの劫罰」、パスカル・ヴェロ指揮仙台フィルハーモニー交響楽団「蝶々夫人」、2016年には大野和士指揮バルセロナ交響楽団との共演でメンデルスゾーン「讃歌」のソリストを務め、ヨーロッパデビューを果たし、現地有力紙「la Vanguardia」に絶賛された。
- オペラでは、新国立劇場「夜叉ヶ池」、藤原歌劇団「ラ・トラヴィアータ」「蝶々夫人」「仮面舞踏会」に出演。2017年にはびわ湖プロデュース・オペラ沼尻竜典指揮「ラインの黄金」のローゲ役を好演。
- 平成25年度五島記念文化賞オペラ部門オペラ新人賞、第23回出光音楽賞を受賞。藤原歌劇団団員。
- ヴェローナ在住。
【西村 悟さん 公演情報】
美しい時代へ 東急グループ 五島記念文化賞オペラ新人賞研修記念
西村悟テノール・リサイタル with 山田和樹指揮 日本フィルハーモニー交響楽団